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「本当の自分と出会う」精神分析的心理療法のススメ|心理オフィスK 北川 清一郎

公開日 2016年08月18日 |
カテゴリ: 専門家インタビュー
「本当の自分と出会う」精神分析的心理療法のススメ|心理オフィスK 北川 清一郎

ーー先生のところにはどんな相談で来られる方が多いのでしょうか。


「病気を治すために」というよりは、生き方や人生の棚卸ししたいとか、どういう風に生きて行くとか、人生と根本から向き合っていきたい方が来られることが多いです。私が特に専門としているのは精神分析なのですが、精神分析はそういう心理療法です。

症状をとるだけであれば、精神分析よりも認知行動療法やEMDR、カウンセリングといった関わりのほうが早いですからね。クライエントの状態によっては、認知行動療法やEMDRもやることtがあります。

ーー精神分析と、EMDRや認知行動療法を使い分けておられるんですね。それぞれ、どんな風に使い分けておられるんでしょうか。


うつ病や不安障害のかたには、認知行動療法の効果が高いですね。認知の偏りが前面に出ているケースは、認知のくせを変えていくことでうつ症状が緩和することが多いですし、不安が強い場合には、不安状況への暴露療法が用いられます。

EMDRは比較的新しい心理療法でトラウマ・PTSDに特化した治療方法です。エビデンスも積み上がっているので、PTSDガイドラインの中では科学的に証明された心理療法です。基本的にはトラウマに特化していますが、トラウマ以外の問題も多少は対応できます。特徴としては短期間でおわることです。

単発性トラウマであれば、EMDRは2〜3回で終わりますし、もう少し繰り返されるトラウマも数回~10回程度でなんとかかたちになるので、比較的コストがかからないのが特徴ですね。

事故や自然災害、犯罪被害、いじめ、家族の中での心理的虐待など、心の傷が要因になっているものであれば、PTSDでなくても扱えます。例えばパワハラやセクハラをきっかけに適応障害になっていたりするケースでも、EMDRを実施することがあります。

精神分析は基本的には症状があったとしても、その解消でなく人生を見直すことを目的としています。ただ、週2回以上しないと難しいので、それ以上来られる方ですね。あまりたくさんの方がうけられるものではないかもしれません。

自分のいろんな課題(人間関係や家族関係などの課題)を、他人のせいにせずに、自分の問題だと引き受けられる人には向いています。他人の問題にしている限り、精神分析はあまり効果がないんです。生きづらさを自分の問題であると自覚している人ですね。

自分の問題とことばでは言っていても、どこかで「仕事さえ変わればなんとかなる」とか「あの人がそうじゃなければ」「親がもっとこんな風に育ててくれてたら」と、どこか思っている部分があったりします。そうすると探索をおろそかにしてしまうんですよね。どこかで、それもひっくるめて自分の人生なのだと、受け止める必要があるんです。

ーー精神分析では、徹底的に自分自身と向き合っていくんですね。精神分析で人が変わっていくのは、どういったプロセスなのでしょうか。


自分自身がいかにごまかした人生を送っているのかをわかっていくというのが大きいです。苦痛や辛さ、みじめさ、弱さをごまかして、虚勢をはる人もいるし、媚びへつらう人もいる。それを見ないようなかたちで生活しているわけですね。

一見生活はできるけれど、偽物のような、本当の自分を生きていないような感じがあります。いかに自分をごまかして、いかに自分を見ないようにしているかがわかって、自分はどれだけ変な人間なんだということがわかっていく。それも含めてやはり自分なのだという変化が、精神分析で起こっていきます。

事実と思っていたことが想像であった。意外と空想であったということに気づいて客観的なものの見方を獲得できるプロセスです。

ーー自分の中の「ごまかし」から自由になっていくんですね。北川先生は、どうして精神分析を専門にしていこうと思われたのでしょうか。


最初から精神分析を学んでいたわけではないんですが、大学院を卒業して現場に出て、にっちもさっちもいかないときにスーパーバイズを受けたときの先生が精神分析の先生で、ある意味救われ、支えられました。それが一番のきっかけです。自分自身が分析を受けて、自分のごまかしに気づいていきました。

私が精神分析が好きなのは、ごまかさないところ、あるいは人間の本質に触れるやりかただからです。自分は本当に何を感じていて、本当の自分って一体なんなのか。自分自身の生き方の中で、とらわれた生き方をしていたところに光を当ててくれて、私自身が救われた部分もあります。

分析をすると苦しいんですよね。自分の弱さに気落ちすることもある。でもそれを含めて受け止めようと、肩肘張らずにいられるようになる感覚があると、いろんなことに振り回されずに自分らしい生き方ができるようになりました。それで好きなんです。自分も支えられていますし、患者さんが変わっていくことがとても嬉しいですね。

ーー患者さんが変わっていくときには、どんな変化が起こっていくのでしょうか。


自分について語りながら、本当の自分で決して美しいものではなくて、汚いし悪いし、みじめで弱々しいものだと気づいていくんです。どうしようもない自分や苦しい思いをごまかしてしまいがちですが、苦しい自分であるということを全部受け止めると、それも自分だという諦めや達成感、解脱のような体験が生まれます。

そこを乗り越えるためには、ひとりでは難しい。セラピストがそこにいて、それを含めて理解してくれることで、受けとめやすくなります。そういう自分に出会うよりも、ごまかして症状を出していたほうが楽なんです。

クライエントは「来なければよかった。こんな苦しい思いをさせる先生が憎い」と話すこともあります。けれど、隠し続けていれば活き活きした人生を歩むことはできません。偽りの人生、借り物の人生、それを認めてあげることで初めて体験できることがあるはずなんです。これは、体験する技術ですから、体験してみないとわかりません。

ーー本当の自分に出会う、という体験なんですね。


そうですね。しかし、本当の自分にみんなが出会ったほうがいいとは思いません。「社会性」というのは、偽りの自分です。苦手な人にニコニコするとか、敬語とか、それがあるからうまくいくという部分もありますから、ある程度適応的にやっていくことも大事です。「適応的な」偽りの自分をつくっていくわけですね。それはそれで大事なことです。

ーー精神分析の結果として目指されるいい人生、というのはどういった状態でしょうか。


良いか悪いかはその人が決めます。精神分析では、心は豊かになるけれど、それは物質的な豊かさではない。客観的に見ればわがままに見えたり、自分の世界で生きているように見えたりすることもあるかもしれません。物質的な価値観ではなく、心の価値観を置く人は、自分の内面をより豊かに、彩りがあって、楽しく生きて行くことができると思います。何に価値をおくのかーー趣味・仕事・恋愛・お金・家族・自分、多様な価値観があっていいわけです。

ーー精神分析において、セラピストはどういう存在なのでしょうか。


精神分析のセラピーにおいては、セラピストをどういう人間として見るのか、が非常に重要です。クライエントは、セラピストの中に父親を見たり、母親を見たり、妹を見たりします。理想化したり、自分を監視する教師や優しいお父さん、厳しいお母さんだと体験することもあります。

後半になると、それを全部ひっくるめてセラピストは父でも母でもなくひとりの人間なんだ、と受け止めるようになっていきます。それを通じて、感情や考え方のプロセスを理解していきます。

ーー精神分析を受けるときの、流れについて教えてください。


初回面接でどんなことを期待しているかをお聞きして、4〜5回のアセスメント面接をし、何ができそうか一緒に考えていきます。どんな問題があって、そのような問題に認知行動療法がいいのか精神分析がいいのかEMDRがいいのかと検討し、同意が得られれば本格的なセラピーを始めていきます。

問題が明確なときには、アセスメントをしながら治療にはいることもありますね。アセスメントの中で、変化を体験することもあります。

ーー精神分析は非常に「型」を重視する心理療法だと思いますが、その中ではセラピストの個性は、治療効果とはどんな関係があるのでしょうか。


いろんな技法には型があります。型通りの部分と、滲み出てくるセラピストの個性の組み合わせです。同じ認知療法でも、穏やかなアーロン・ベックとぴしぴしやっていくジュディス・ベックでは全く違うセラピーです。

その中で、どんな言い回し、ニュアンス、声の抑揚があるのか、といったところに個性が出てきます。そして、例えば精神分析なら、クライエントが精神分析の「型」に反応する部分と、治療者のパーソナリティに触れて変化していく部分があります。どちらも重要なことです。

ーーセラピストとは長くて深いつきあいになるので、相性は大切ですよね。


利用者側としては、相性の問題は気になるでしょうね。でも最初に相性が合わないと思ったとしても、本当に相性が合わないのか、というのはわからないんです。その合わなさは、ある種の病理なのかもしれません。

例えば対人恐怖だったら、どんな人とも合いませんよね。相性が合わなければ、そのことについて考える余地があったりもします。初対面で合う、合わないと決めていかなくなるのはもったいないですよ。合わないと思ってもしばらく会ってみて判断するほうがいいのではないでしょうか。

ーーなるほど、「合わない」という事実から向き合えることがあるんですね。いずれにせよ、一度会ってみないとわからない、ということでしょうか。


そうですね、一度きてもらわないとわからないし、体験しないとわからないのがカウンセリングなので、迷うよりは一度試しに来てみて、そこから判断できるといいのではないかと思います。

カウンセリングは単に楽しいものでも、苦痛からすぐ解放されるものでもありません。安易で簡単なものではないと思います。それでも取り組んでいくと、それなりに価値のあるものの手応えが感じられると思いますし、自分らしい生き方ができるようになるための、ひとつの手がかりになると思います。

ーーありがとうございました。


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