周囲の評価に囚われず、自分の感情と向き合いより良き人生を歩んで欲しい|お茶の水女子大学准教授 岩壁 茂

更新日 2024年08月25日 | カテゴリ: 専門家インタビュー

ーー近年、うつ病や不安障害をはじめとする精神疾患者が増加傾向であることや、SNSが普及した昨今、自己を卑下・否定、他者への怒りや憎しみに関する発信が少なくないように思います。多くの日本人が怒りや憎しみ妬み、といったネガティブな感情を溜め込み過ぎているようにも見えるのですが、先生はどう思われていますでしょうか?


私自身があまりSNSなどを使用していないので、私が普段研究などで関わっている学生と接していて感じたことからお話します。

今の学生は、一昔前よりも生きていくことが難しい社会に生きているんだなと感じることが多いです。 私の学生時代も学歴、就職する会社、年収、出生地などで比較され、熾烈な競争を強いられましたが、今はその比ではありません。

インターネットが発達し、SNSがこれだけ普及した昨今では、いつでもどこでもどんなときでも他人と繋がれる、繋がれている状態ですよね。 その中でどんな現象が発生しているかと言えば、前述した学歴などの他に、毎日の食事、ファッション、休日の過ごし方、ライフスタイルなど、生活に関わる要素までもが「比較対象」とされているのだと感じます。

ゆえに、今の学生たちは「自分が持っていないモノ」にとても敏感で、「自分が持っているモノ」には目を向けなくなりがちだと思っています。 あらゆるチャネルから洪水のように情報が押し寄せ、自分とそれらを比較し、結果的に自分を卑下したり、自己を否定しがちな環境に陥っているのでは無いでしょうか。

SNSというツールは、今まででは繋がる事が出来なかった人と繋がれたり、触れられなかった情報にアクセスできたり、メリットも大きいのは事実ですが、前述したような側面もあるのではと思います。

ーーなぜ「自分が持っていないモノ」ばかりに目がいってしまうのでしょうか。


自分自身の「体験」をすることなく、「SNSでのシェア」を優先し、比較することばかりに気を取られているからだと思います。

例えば、旅行先で自分の身体全身を使って、その場の景色や雰囲気、空気に集中することなく、まず「写真」や「動画」を撮影し、SNSでシェアをすることが優先されてしまっているのではないでしょうか。

身体全体に意識を張り巡らせ、「体験」をしていくということは、「心(感情)」を育てていくことに通じています。今いる場所の空気が澄んでいると身体が感じ、その時自分の心はどういう状態なのか、そういう事をしっかりと感じ取ることが大切です。

そうすることで、自分はどういう感性を持っている人間なのか、どういう事に興味を惹かれるのか、といった個性の輪郭が浮かび上がってきます。

結果、「自分」をまずは知ることができるようになりますし、ないないづくしで他人が持っているものを過剰に羨んだり欲しがることから離れることができるようになります。

ーーネガティブな感情が大きくなりすぎたり、注視しすぎると、「感情は不要だ」「感情なんてなくなればいい」と考える人もいらっしゃるようですね。「感情」とは人間にとってどのような存在なのでしょうか。


どんな感情であれ、「感情」は人間にとって必要不可欠なものです。

生まれたての赤ちゃんは「泣く」という行為を通して、周囲に空腹を知らせ、抱っこしてもらうことで相手と接触をはかり、ミルクを飲むことが可能となりますね。結果的に、赤ちゃんは守られます。

また、生後直後から、赤ちゃんは微笑むようになります。これを「生理的微笑」と専門用語では言いますが、微笑むことで周囲からの愛着を持ってもらい、生き残る環境を獲得します。

このように、泣き、笑い、といった感情表現は、言葉を超えた原初的なコミュニケーション手段で、人との繋がりを作っていくうえでとても大切で欠かせないものなのです。

しかし、感情表現が大切だからといって、社会生活を営む上で、ダイレクトに感情を見せることは必ずしも好ましくありません。 怒りを感じたら、感じたままに相手にぶつけたらどうなるか、想像するしてみると分かりやすいでしょう。好意的な人間関係は望めませんよね。

そこで大切なのは、良い感情と悪い感情の区別をしっかりとつけることです。

「怒り」を例に挙げてみましょう。

本来、怒りという感情は自分の身に危険が迫っている事を察知し、「自分と相手の領域を守る、境界線を引くこと」にあります。ある意味での威嚇といえるかもしれません。威嚇というのは、自分がなぜ怒っているのかをしっかりと相手に伝え、相手と距離をとる。これは「良い感情」または「適応感情」と言えます。

しかし、人間はそれだけでは済まない場合があります。怒りが一瞬のうちに爆発して相手を怒鳴り散らす、ものに当たるなどがあります。これは破壊的な行動で問題を解決することにはつながらない、「悪い感情」「不適応感情」と言えます。

次に「愛情」という感情をみてみましょう。

「良い愛情」とは、愛情を注ぐ相手が自由になり、信頼関係が存在し、心がホッと暖まるようなものです。ちょっと昔ですが、「If you love someone, set them free」という曲がありましたが、相手がより相手らしくなられるように支える、応援するというのが、適応的な愛のあり方です。

しかし、「悪い愛情」は、相手を縛り付け、監視し、自分の思いど通りにさせようとする、縛り付けるものです。例えば、親からの過干渉、虐待なども「悪い感情」と言えます。

このように、良い感情と悪い感情をしっかりと見極めていくことが、極めて重要で、良い感情は社会生活に適応する上で重要であることから、「適応的な感情」と専門用語では表現します。

ーー感情の勢いそのままに、相手に暴力を振るったり、自傷したりする人は「悪い感情」に影響を受けているのでしょうか。


そういう行動は「感情的」な行動と呼ばれますが、実際にはその人は感情を体験しているというよりも、感情に突き動かされる「衝動的」行動と呼ばれるものにあたります。

自分自身の感情を感じられず、なにがなんだか分からないまま激情して行動してしまいます。自分でどのような感情なのか判断できず、衝動的な行動を自分で止めることが難しい、自分が何を望んでいるのかがわからない、といった特徴があります。感情を上手に扱えていない結果ですね。

ーー感情の良し悪しの判別や、衝動性を抑えるために感情をコントロールするには、どうしたら良いのでしょうか?


まずは自分の身体の変化に注意を向けることから始める必要があります。「感情」とは多くの人が「頭(脳)で考えた結果生じる」と認識している節がありますが、実際は最初に身体へ「感情」が出てくるのです。

例えば、どうしても出勤が億劫な時に胃が痛くなる、仕事で失敗したときに冷や汗が出る、イライラしているときに歯を食いしばり貧乏ゆすりをする、といった具合に、頭よりも先に身体で感情を表現しています。身体検査をしても問題はないのに、このような症状が発生するということは、「嫌だ」「ムカつく」「怖い」などの感情が原因なのです。

代表的な身体症状としては、下記のようなものが挙げられます。

・頭をかく = 恥ずかしさ、緊張
・まばたきが多い = 不満、恐れ、緊張
・唇を舐める = 不安、緊張
・眉をひそめる = 嫌悪、不快、苦痛
・爪を噛む = 不安、欲求不満
・貧乏揺すり = イライラ、焦り
・顔が青ざめる = 恐怖、畏怖
・目を見開く = 驚き
・小鼻を膨らませる = 興奮、緊張
・歯を食いしばる = 痛みや苦しみに耐える

など、他にも多数の身体症状があります。

これだけ見ても、自分に心当たりがあるものは多いのではないでしょうか。また、このような身体症状は、自分自身が自分の感情に気が付けていない、気がつく前に生じる、といった特徴があります。

したがって、身体症状に注意を向けることで、いち早く自分の感情を察知することが出来るようになります。日常生活、職場などにおいて、どのような場合にこのような身体症状が生じるのか、振り返ることが大切です。

ーー「泣く = 悲しい、嬉しい」など複数の感情が内包されていることがあるのですね。


はい。感情は単一的ではなく、とても複雑です。

例えば、好きな人に振られた場合、顔が青ざめ、涙を流し、肩を落とし、うなだれる。ここには、「悲しさ」「恥ずかしさ」「怒り」「苦痛」など、多くの感情が含まれていますね。生きている中で、1つの感情だけに満たされるということは無く、常に複数の感情が心の中に存在しているのです。

また、感情には1次的感情、2次的感情という分類が存在します。

例えば、上司に怒られて泣いてしまった。最初は「悔しさ」の感情が強かったが、徐々に「悔しがっている自分に対する怒り」の感情が強くなってきた。といったケースにおいて「悔しさ」が1次的感情、「怒り」が2次的感情、という分類になります。

このように、感情は多面的なもので、特定の身体症状には複数の感情が関わっていることを知ることが大事です。

ーー日本は「恥の文化」と言われるように、周囲の評価を意識する余り、「恥ずかしさ」に苦しめられる人が多いように思います。


そうですね。「恥」という感情には2つの種類があります。

1つ目は「中核的恥」と呼ばれるもので、幼少期の育成段階で植え付けられたものです。虐待やスパルタ教育などで厳しく叱られたり、暴力を振るわれるケースが多かった場合、心の芯から「自分は無価値な人間だ」「自分は愛されない人間なんだ」といったものです。

この場合、他人と接する場合、無意識のうちに他人に対しても自分を「ダメ人間」として扱うように誘導するような行動をとることが少なくありません。

2つ目は「社会的恥」と呼ばれるものです。受験失敗、離婚、転職失敗、リストラ、左遷、など、自分のアイデンティティの一部であった「社会における自分の顔(地位や名誉)」を失うことで、「周囲から見た自分を恥ずかしいと思う」感情です。サラリーマンに多く見られるのは、この社会的恥です。

高学歴、大企業、高収入、結婚、マイホームを持つ、などの幸せ・成功の価値観がまだまだ根強い日本においては、この社会的恥はとても大きな苦痛を当事者に与えてしまいます。

周囲から見た自分(日本社会の単一的な価値観)で自分を評価してしまい、その評価をそのまま自分の心に取り込んでしまうため、自己評価と社会的評価がないまぜになり、どんどん自分が分からなくなっていくのです。

しかしながら、今の世の中は価値観が多様化し、様々なライフスタイルや仕事の仕方、生き方が許容されるようになってきました。その中で、旧態然とした価値観を未だに踏襲する就業先や、学校などと、本来の自分が求めている幸せ像や成功像がどんどん乖離してきており、そのギャップで苦しんでいる人が多いように思います。

ーー社会的恥から脱却し、より自分らしく人生を歩んでいくためにはどうしたら良いのでしょうか


前述したように、今自分が属している企業や学校、コミュニティの価値観に同化することを、まずは止めましょう。大切なのは、属している組織やコミュニティの考え方と、自分の価値観は全く別のものだということです。

会社において、売り上げを作ることが「成功」である、としても、自分の価値観をそれに無理矢理合わせていく必要ないのです。会社は会社、自分は自分です。 上司の言うことは絶対で、本当は自分の意見と違っていても、上司の意見に従ってしまう。というケースはままあると思います。この場合、本当に自分が感じていることと、道具的感情をしっかりと区別することが必要です。

道具的感情とは、社会生活をスムーズに送るために、好きでも無い同僚や上司に笑顔で接したり、会釈をしたり、と「道具として使う感情表現」のことを指します。前述の例で言えば、上司の言うことを笑顔で快諾する(道具的感情)一方で、自分は上司の言うことに対して「怒りや悔しさ」(自分が本当に感じていること)を感じた、といった区別をするのです。

このように、外部の価値観・評価・目線と自分の感情を区分することで、「自分は何を求めているのか、どうしたいのか」がどんどん明確化されていきます。結果的に、周囲から過剰な影響を受けること無く、自分の人生を歩めるようになっていくのです。

その為にお勧めなのは、毎日寝る前に日記をつけることです。脈絡のない文章やポエムの様なものではなく、今日一日の印象的な出来事(感情が揺さぶられた出来事)を書き留めていきましょう。

例えば、「上司から嫌味を言われた」という出来事があったとしましょう。

この出来事において、どのような感情が自分の中で沸き起こたのかを振り返るのです。信頼していた上司だったので失望し、とても残念だった。そのような上司を信頼していた自分が恥ずかしい、憎らしい。といった具合です。 このように振り返っていくと、嫌な感情が昇華され、すっきりとした気持ちで次の日を迎えることができるようになります。

しかし、振り返りもぜず、お酒を飲んで発散し、翌日を迎えても、嫌な感情は蓄積する一方です。振り返ることは辛いかもしれませんが、習慣化することで、自分の感情をしっかりとコントロールすることができるようになるのです。

また、自分自身で「恥ずかしい」と思っていることを、信頼している友人や家族に相談し、「ありのままの自分を受け入れてもらう」体験をすることです。人は、他人に傷を見せて、それがそのまま受け入れられると、心が安らぎ、安堵することが分かっています。勇気がいる行為ですが、試してみてはいかがでしょうか。

とはいっても、なかなか打ち明けることが出来ない、という場合は、カウンセリングを活用することをお勧めします。カウンセラーはそのような相談やカミングアウトを、しっかりと受け入れるスキルがあります。皆様の心がより良きものに変わっていくお手伝いをさせて頂きたいと思っております。ご興味がある方は、一度カウンセリングを受けてみてはいかがでしょうか。

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