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精神分析ってどんなもの?今まで気が付かなかった自分を発見しよう

更新日 2017年09月27日 |
カテゴリ: カウンセリング
精神分析ってどんなもの?今まで気が付かなかった自分を発見しよう

「精神分析」という言葉は、みなさんもどこかで耳にしたことがあるのではないかと思います。臨床心理学の用語の中では、かなり有名な言葉でしょう。みなさんは「精神分析」と聞いて、どのようなイメージをもたれるでしょうか。”ミステリアス”とか”見透かされてしまいそう”とか、ちょっと怖いイメージがあるかもしれませんね。はたしてどうでしょう…。「精神分析」とはどんなものか、ご説明してゆきますね。

精神分析って?

「精神分析」は、100年ほど前にフロイトという人が、「人間には無意識というものがあるのではないか」と言いだしたことが始まりです。

それまでの心理学は「科学」であることを重視していたため、実験などを用いて行動を計測し数値化することによって、心を目に見える形で証明しようとする動きが主流でした。

しかしフロイトは、様々な精神疾患を持つ患者さんと接しているうちに、目に見えない何かが人の心の奥底にあって、それが人を動かしているのではないかと考えるようになりました。私たちがふだん何気なく使っている「無意識」というものは、フロイトが発見したものだったのです。

精神分析の基本的な考え方:局所論と構造論

局所論

フロイトはまず、人の心は「意識」「前意識」「無意識」の三つの層から成り立つと考えました。これがフロイトの代表的な理論の一つである「局所論」です。

意識

私たちが普段考えたり感じたりしていることです。例えば、今、この文章を読みながら色々と考えているのは「意識」の層です。

前意識

普段は思い出さないけれど、少し考えれば思い出せることです。”そういえば小学生の頃…”とか”そういえば一年前の…”など、”そういえば…”と思い出すことというとわかりやすいかもしれませんね。

無意識

フロイトが発見した「無意識」です。これは、どんなに意識で頑張っても思い出すことはできないけれど、心の奥深いところで動いているものです。生まれた時からの体験の積み重なりと言ってもいいかもしれません。

私たちはもう、赤ちゃんの頃にどんなことを体験したか、思い出すことはできません。でも、その頃の体験は消えてしまったわけではなく、心の奥底に残っています。もちろんそれらは赤ちゃんの頃のことだけでなく、これまで体験した様々なできごとも、心の中に蓄積されています。また、人間の動物としての”太古の記憶”とでもいうのでしょうか。そういう本能的な欲求も、無意識の中にあると考えられています。

構造論

次にフロイトは、「イド」「自我」「超自我」の三つが、人の心を動かしているのではないかと考えました。それがもう一つの代表的な理論である「構造論」です。

イド

人間が動物として持っている本能的な欲求です。原始的な心であり、とにかく快楽を求めています。

超自我

人として「こうあらねばならない」と思う心です。親のしつけや文化的な規範によって培われるもので、戒めの心と言ってもいいでしょう。常に人として立派であろうとします。

自我

「イド」と「超自我」の調整役で、どちらの欲求もちょうどいい具合に叶えようと頑張ります。「イド」はとにかく「こうしたい!」と言うし、「超自我」は「そんなの立派じゃないからダメ」と言う…。どちらかの言うことばかり聞いていると片方が不満だし、だからといって両方の言うことを同時に叶えることは出来ません。

そこで「自我」は、その場の現実に合わせて調整を図ります。たとえばセミナー中に「イド」が「おなか空いた」と言っても「今はセミナー中だからさ」となだめ、先生の講義に熱心に耳をかたむけて「超自我」が求める立派さをクリアします。

また、自分の部屋でくつろいでいるときに「こんなにだらしない格好をしちゃダメ」と「超自我」が言っても「いいじゃん、自分の部屋だしさ」となだめ、「ダラダラしたい~」という「イド」の欲求を満足させます。

精神分析的心理療法

では、こうした考え方を使って、どのように心の問題を解決するのでしょうか。

精神分析では、基本的に心の問題は「無意識」から起きると考えています。

例えば「イド」が「遊びたい」と言っているのに、親がとても厳しかったり、自分を律する気持ちが強かったりして、全く遊ぶことができなかったとすると、「遊びたい」という欲求は解消されずに「無意識」の中にどんどん蓄積されてゆきます。解消されない欲求が溜まり続けると、やがて「無意識」パンパンの飽和状態になってしまいます。

それでも「自我」や「超自我」が欲求を認めずにいると、「無意識」が「もうパンパンです!」とサインを送ります。そのサインが、いわゆる“心の病”です。なんとなく元気がなくなったり、身体の具合が悪くなったり、お酒を沢山飲んでしまったり、わけもなくイライラしたりと、様々な症状をサインとして出してきます。

そこで、精神分析的心理療法では“何が無意識をパンパンにしてしまっているのか”を探ってゆきます。セラピストと対面して語ることもあれば、寝椅子というソファーのような椅子に少し横になって語ることもあります。

そこでは、生活の中で感じた気持ちを語るだけではなく、その場でふと思い浮かんだことを語ったり、夢について語ったりもします。そうした語りの中から、自分が何を「無意識」に押し込めているかを知り、それを次第に「意識」してゆくことで解消をはかってゆきます。

またそれらの作業を通じながら、欲求をただ「無意識」に押し込めるしかできなかった不器用な「自我」を、適度に欲求をかなえられるような柔軟な「自我」に訓練し直してゆきます。

トラウマ(心的外傷)の治療

精神分析では、「無意識」に押し込めているのは欲求だけではなく、過去の出来事もあると考えています。たいていの方は“トラウマ”という言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。“トラウマ”は“過去に受けた心の傷”と考えてよいでしょう。

事故や災害時のつらい出来事から受けた心の傷として語られることが多いですが、トラウマの原因は必ずしもそのような大きな出来事だけとは限りません。

例えば、幼い頃に親から言われた言葉や繰り返し受けた行為など、当時は傷ついていることにすら気づかなかった些細な出来事も、トラウマになっていることがあります。昔の出来事過ぎて思い出せないこともありますが、あまりにショックが大きくて「無意識」の奥にかたく封じ込めてしまい、思い出せなくなっていることもあります。

けれども、それらは思い出せないだけで「無意識」の中には蓄積されています。それが“心の病”としてあらわれることもあれば、なぜか繰り返してしまう対人関係のパターンとしてあらわれることもあります。精神分析的心理療法では、語りの中からそのようなトラウマを探りだし、「意識」をすることによって、過去の心の傷に気づき、癒してゆくこともあります。

まとめ

精神分析の基本的な考え方についてご説明しましたが、イメージと比べていかがでしたか。「今まで気づかなかった自分に気づく」という点ではミステリアスかもしれませんが、セラピストが魔法のように暗示をかけるわけではありません。

むしろ、自分の中にある答えを、自分の力で探ってゆく作業といってもよいでしょう。時には、認めたくない自分の一面を認めなければならない、非常にしんどい局面を迎えることもあります。

けれどもその先には、前よりも生きやすくなっている自分がいるのではないかと思います。すぐに解決法を示してくれるような心理療法ではありませんが、じっくりご自身と向き合おうとされる方には、適しているのではないでしょうか。

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