更新日 2024年08月25日 | カテゴリ: 専門家インタビュー
どんなささいな心の問題にでもカウンセリングは生きると思うんです。私のところには、教育機関や医療機関などありとあらゆる機関に相談しても「そんな問題には対応していません」と応じてもらえなかった方もやってきます。
人生を左右するような深遠なことではなくて、「鳥の目が怖い、平気になりたい」とか「チーズが食べられない、食べられるようになりたい」といった、人生の小骨のような、治らなくても大丈夫だけれど、それがなかったらもっといい、といった問題です。
こういったことこそ、相談しに来て頂きたいですね。公的機関ではまず相談に応じてもらえない「勉強ができる子にしてください」といった問題でお越しになるような方もいらっしゃいます。
自分がどの流派を適用してやるかというよりも、経験から、流派方式だけではうまくいかないことを知っているので、相手に必要なことは何かを考えて、様々な心理学の理論や原理を援用して対応するようにしています。
この人にはどんな方法があうのか、どうやったらうまくいくのかを考え検討し続けるのが私のやり方です。科学としての心理学の考え方を大切にする立場です。方法論は、常に発展して変化していくのが科学で、それをいつも意識していますね。
人間の心はふたつの「思い」でできています。ひとつは「思ってしまう思い」、もうひとつは「自分で創りだす思い」です。私たちのアプローチは、「思ってしまう思い」は、変えられない、無くならない、取り換えられない思いだから、それを「そう思っていていいでしょう」と受け止めます。そして新しく、自分の思いを創りだすやり方を学んで体得していく方法をとっています。
「思ってしまうこと」というのは、例えば蛇をみると怖いと思ってしまう、といったことです。これは性別・人種・文化を超えてほとんどの人が怖いと思うわけです。これはなぜだろうと考えても、その答えがわからないです。
かつて、筒井康隆さんが対談で「あれは、異様に長いからだ(形が変だ)」と言ったらしいのですが、ウナギもアナゴも、縄だって同じような形をしていますが、怖いとは思いません。だから、真理とは言えません。
20世紀初頭に「恒常仮定の否定」と言って、あるひとつの刺激に対してひとつの決まった思いが生まれるわけではないと心理学は結論付けています。10人いれば10人、思ってしまう思いは違います。そして、その理由はわからないわけです。
不登校の子が、なぜ登校できないかというのは、いろいろ説明はできるけれど、結局のところ人さまざまでわかりません。教育も心理療法も「思ってしまう」思いは、扱ってもうまくいかないものです。
例えば、私はブロッコリーが嫌いですが、これは子どもの頃の体験がどうだったからだとか、おいしいのにどうして食べられないのとか言われても、嫌いなものは嫌いとしか言いようがありません。なぜだかわかっても、それが本当の理由かどうかわかりませんし、それで食べられるようになるわけでもありません。でも、せっかくゆでてくれたんだから、「食べてみるか」と思いを創ると、嫌いでも食べます。
不登校の子の「登校できない」という「思ってしまう思い」は変えられません。消せない、無くせない、取り替えられないのが、思ってしまう思いですから、「そう思って、それでいいじゃない」と考えます。
一方で「創る思い」というのがあります。人間は自分の思いをつくりながら生きています。「それはそれでいいよ。他の子もみんな同じで、学校に行くのが嫌だと思ってしまうけど、行かなきゃいけないから『登校してみるか』と思いを創って学校に行っているんだよ。嫌だと思いつつでも学校に行くための思いを創ることができると登校できるんだから、君もその思いを創くれば登校できるようになるよ」と、思いを創ることを教えながら、一緒に取り組んでいくんです。
私は10年くらい児童相談所に勤務していました。そこでは、大学で学んだ「アタッチメント理論」「対象関係論」、つまり母親との母子愛情関係で、その後の人格が決まるのだから、母子愛情関係を喪失した子には、健全に成長できないし、成長した後で何をやっても難しいものだという理論を信じていました。
けれど、実際に施設措置された子たちの多くが、健全な社会人として育っていく現実を目の当たりにしました。どうしてそんな風になれるのかを彼らに聞いてみると、「親に対する恨み辛みみはあるけど、自分の人生は自分でなんとかするしかないじゃないですか」と言うのです。
悪い環境とか親は、悪くなることに関係していても、良くなることには関係しないんだと思いましたし、誰でも良くなるための思いを創りだせるようになれるのだと確信しました。そのときから精神分析の考えとは決別しましたね。人間は、誰でも、いつからでも、よりよく生きるために自分の気持ちを創り出せる存在なのです。
今の教育も、「思ってしまう思い」のほうばかりを気にしますね。ネガティブな思いをポジティブに変えなきゃいけないと思っているようです。そんなこと所詮不可能です。「思ってしまう」マイナスの気持ちがあるからこそ、プラスの気持ちを創れるんですね。マイナスの思いがないと、プラスの思いは生まれないってことです。今の自分はろくなもんじゃないと思うから、だからこそもっと良くしよう、と思いを創るんですよね。
例えば、宝くじを買う人は、それが当たるなんて本気で思ってないですよ。でも買っておけばひょっとしたら当たるかも、と思っています。こういった希望・願望・理想・野望、これは人間心理の高次な気持です。
できるかもしれないが、できないかもしれない、でも成就するだろうと思うからいろんな努力をする。だめかもしれないことを前提としつつも、「成就するんじゃないか・・・」と気持ちを創る。ひょっとしたらできるかも、というのが希望です。希望は失敗しても消えません。だって、宝くじが外れても、うつ病にならないでしょう。
「やっぱり、じゃあ、次は当ててみるか」と思が創れるので鬱病にならないんですね。希望は、北極星みたいなもので、行き着けないが、いつでもそこにあって、それを目指そうと思う。必ず、絶対という思いは、現実的な達成の確信に関わりますが、できるかもしれないが、だめかもしれない、でもできたらいいという、ダメなことも視野に入っているのが希望の思いなんです。
なんとかなるんじゃない?というような、曖昧だけどはっきりとしたプラスの思いです。こんな思い方が、いつもできることが適応的に生きることだと思います。
例えば、発達障害の人は、気持ちを創りだすことが生まれつき苦手です。思ってしまう思いを素のまま表現してしまったりして、それが不適応になったりします。そういう人には、創れない思いを創れるように、教えていきます。
例えば、お客さんに対して「腹がたつ、水をかけてやりたい」と思ってしまっても、それはおかしくない。その思いは、そのままでいいから、さらに加えて「商売なんだから一応相手に合わせておくか」という気持ちも創れるように教育的に手助けします。
それと、発達障害の人は、一つのことを覚えても「般化」するのが苦手ですから、応用することにも難が生じます。身につくまで何度も一緒に考えて教えていくようにしますね。
人格障害の人は基本的に「思いをつくる」ことができるのですが、それをしなくて済んできた人ですね。育ち方・生き方の課題です。どんなに環境のせいにしても、悪い環境の中でもきちんと「思いを創れる」ようになる人はいますから、やはりご本人が「やってこなかった」ということなんです。思いを創ることの体験が少なかっただけだから、体験して獲得すると良くなっていきます。
精神障害の場合は、脳の失調(病気)によって病的退行を起こしている状態です。もともとは、適応のための思いが創れていたはずが、創れなくなってしまったのです。
「思ってしまう」思いの中で、どんどんやる気を失ってしまう思いを思ってしまうのがうつ病。不安が主軸になって不安が最初に思ってしまう思いとして出てくるのが不安障害。不満だらけで自己欲求に固執してしまうのが人格障害。
どの障害も共通するのは、適応的な「思いを創る」ことができなくなった結果ですから、再度、適応的な思いが創れるような関わりをします。今は病気で、惨憺たるものだけど、多分良くなる、なんとかなる、悪くなるはずがないという創る思いを取り戻すんです。
大人の方のほうが多いです。教育相談や精神科などの相談で対処仕切れない方や、学校の先生で、周りの人に知れたくないという方もいらっしゃいます。
夫婦の問題とか、生活上の問題とか、こんな問題は行政や医療では扱ってくれない、という内容の相談をしに来られる方も多いですね。アルコール依存や、摂食障害といった方もいらっしゃいます。
一般的な心理療法のように長い時間をかけて過去をたどっていくようなことはせず、できるだけ短い期間で現実の問題に対処できるようにセッションを行っていきます。的確、安全、迅速がモットーです。変わらない環境の中でもどうやって気持ちを創くって適応していくのか、というのが私たちの心理療法やカウンセリングの志向です。
まずはどんな小さな小骨のような悩みでも、気軽に、相談にお越し頂きたいですね。小骨を抜くのはとっても簡単なこともありますし、放っておくとそこから炎症が広がってしまうこともあります。心理療法やカウンセリングも同じことのように思います。
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