更新日 2024年08月25日 | カテゴリ: 専門家インタビュー
インターネットや図書において、うつ病をはじめとする精神疾患に関する情報が溢れている昨今。そういった情報を見て、飲んでいる薬を自己中断し症状が悪化するなど、負の側面が目立ってきています。また、医療現場においては、抗不安薬や睡眠薬を高用量・多剤処方されるケースが散見されます。
処方される薬によっては、常用量依存や骨折、死亡の発生リスクが高まるなど、患者側のリスクも低くなく、高用量・多剤処方を是正する機運が高まってきています。今回は、医療経済研究機構にて臨床疫学、医療経済学を専門とされていらっしゃる奥村先生に、精神医療の実態と今後の展望に関してお話を聞いてきました。
私は、研究者ですので、科学の観点からコメントします。
身も蓋もありませんが、「気軽に入手できる情報が正しいとは限らない」、と斜に構えて情報と付き合って頂ければと思います。インターネットや図書の情報は、科学的根拠から逸脱しているものが少なくありません。
残念なことに、一般の方は、科学的根拠のある情報と、詐欺まがいの情報を区別せずに、耳あたりの良い情報を選択的に受け入れてしまいがちです。たとえ、有名な先生が書いている情報でも、科学的根拠が担保されているとは限りません。その先生の一意見に過ぎないことが、さも、根拠が十分あるかのように記載されていたり、ごく基礎的な根拠を拡大解釈して記載されていたりすることは少なくありません。
図書などは、多くの人に読まれることを前提とした「ビジネス」ですので、科学的根拠よりも、ウケを重視してしまうことが多分にあるように思います。たとえば、「薬物療法=悪」vs「非薬物療法=善」といった、単純な対立構造を作って、ウケを狙っているような情報には注意が必要です。
患者として正しく治療・服薬するために必要なことは、科学的根拠があるか不確かな、図書などの情報よりも、主治医や薬剤師などの専門家に相談することが最善かと思います。たとえ、科学的根拠のある情報でも、個々人の細かい事情 (既往歴、主訴、併存症など) を勘案することは不可能です。個別事情を勘案できない情報に影響されて、処方薬を自己中断したりして、離脱症状に苦しまれている方もいらっしゃるようですが、まずは、専門家への相談から始めてみると安全かと思います。
色々な要因が複合的に働いていると思います。
第1に、精神科医が担当する患者数が多く、その結果、診療時間が短くなるといった人的資源の不足が一因にあるように思います。
第2に、非薬物療法 (睡眠衛生教育や認知行動療法など) を十分に実施する、といった治療選択もあるかと思いますが、それが診療報酬で十分に評価されていないことも一因かと思います。加えて、日本では、認知行動療法などの心理療法を担当できる心理士の国家資格化が遅れ、そうした非薬物療法を十分に行いうる人材による治療は、保険の枠組みでカバーできない状況です。
第3に、国民健康保険などの保険者にも一因があるかと思います。国によっては、保険者が強権を発揮して、不眠への睡眠薬の長期使用を保険の対象外としている事例もあります。根拠が不確かな治療は、自費で支払うべきという発想です。
第4に、科学的根拠に基づいた診療ガイドラインが不足していることも一因かと思います。こうした環境要因は徐々に改善していますので、時間と共に、高用量・多剤処方は減っていくことが期待できます。
一般的に、剤数や用量が増えると、有害事象の発現リスクが増大します。発現する有害事象は、薬剤によって異なります。睡眠薬の場合は、常用量依存、転倒・骨折、交通事故、死亡などのリスクが上がると言われています。
ただし、ある程度、有効性のある治療であれば、当然ながら、何らかの有害事象もあるものです。
ここで重要なのは、望ましい効果 (不眠の改善など) と望ましくない効果 (常用量依存など) のバランスを科学的根拠に基づいて、お互いに考えていく必要があることです。ある効果を望ましいと信じるかは、価値観なども影響しますので、科学的根拠だけで画一的な答えを導き出せるとは限りません。
ですので、科学的根拠と価値観などを総合して、特定の治療の推奨度を定める、診療ガイドラインを作成することが重要になります。
診療報酬制度では、平成22年度から抗精神病薬、平成24年度から抗不安薬と睡眠薬、平成26年度から抗うつ薬の多剤処方を抑制するための仕組みができました。しかし、私たちの調査では、抗不安薬と睡眠薬の多剤処方に対して、診療報酬改定は実質的意味のある改善効果がなかったことがわかりました。
診療報酬制度では、多剤処方をした場合に収益が減るといった、ある意味、罰を与えるようなやり方を採用しています。こうしたやり方は、仮に、多剤処方になる主な原因を、医師個人の能力などに帰することが妥当であれば、大きな効果が得られるかもしれません。
しかし、多剤処方になる主な原因が人的資源の不足などの環境要因にあるのであれば、その環境を変えられるように制度を改善する必要があると思っています。
日常の臨床で行われている治療について、有効性と安全性に関する科学的根拠を蓄積し続ける循環を作ることに尽きると思います。
第1に、薬物療法でも非薬物療法でも、特定の患者さんを治療する群と治療しない群にランダムに分けて有効性を確認する、臨床試験と呼ばれる研究を増やしていくことが必要です。製薬会社が主導する新薬に関する臨床試験は、数多く行われていますが、臨床家が主導する臨床試験は、不足しているように思っています。
例えば、認知行動療法に有効性があると、よく語られますが、日本における科学的根拠は、ごく限られています。海外で実施された臨床試験の成果に頼りきって、国内での科学的根拠が不足したまま、その有効性を過剰に評価・喧伝するのは、考えを改めなければならないと思っています。
臨床試験の実施には、多くの人の善意と時間と資金が必要です。また、手間暇がかかる割に、思ったような研究成果が得られないことも、ままあります。ですが、臨床試験をしないで、治療の有効性を確認することは困難ですので、襟を正して挑戦し続ける必要があると思っています。
第2に、日常の臨床で「誰が、誰に、何をして、何が起きたか」という情報を継続的に集約して、安全性や有効性を確認していく仕組み(データベース)を作ることが必要です。薬物療法ですら、数ある類似薬のうち、どの薬剤の安全性がより良好であるか、といった素朴な疑問に答えられる科学的根拠が不足していることがあります。
非薬物療法であれば安全に違いない、という思い込みは幻想にすぎません。いろいろな治療選択肢の中から、特定の患者さんに、より安全性と有効性の高い最適な選択をできる根拠を作っていく仕組みが必要と思っています。
こうした科学的根拠が蓄積される大前提として、一般の方の研究への理解と協力が不可欠です。少しでも良い未来を作り出すためには、とにかく科学的根拠を蓄積する必要がある、という共通認識を醸造できればと思っています。
一般の方が、図書などを読んで、「その治療は、治療しない場合と比べて、どの程度効果が得られるの?」「その治療は、他の治療と比べて、どの程度安全なの?」「一次ソース(原典)は、どの学術誌に掲載されたの?」「診療ガイドラインでは、どう評価されているの?」と疑問を持つのが常識になると良いなと思っています。
医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構 主任研究員奥村泰之
臨床疫学・医療経済学が専門。研究領域は精神保健研究で、病態としては「うつ病、統合失調症、過量服薬、せん妄、BPSD、発達障害」など多岐にわたる。
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