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「離婚と子ども」という観点から、今の生きづらさを捉え直すということ|臨床心理士 須田桂吾

更新日 2017年04月01日 |
カテゴリ: 子育て・家族関係
「離婚と子ども」という観点から、今の生きづらさを捉え直すということ|臨床心理士 須田桂吾

はじめに:「離婚と子ども」という問題意識

現在、海外では「離婚と子ども」とカテゴライズされる一つの大きな問題意識が存在しています。なぜなら、近年、両親の離婚とは、当事者である親自身にとって最大級のストレスをもたらすだけでなく、それに巻き込まれる子どもたちにとっても、その後の人生に継続的な影響を及ぼし得る重大な事象であることが明らかとなってきたからです。

国際社会における「離婚と子ども」の制度化

このことは、家族や子どもたちにまつわる各国の社会制度に着実に反映されるようになり、現在、国際社会では、こうした「離婚と子ども」の視点を前提とした社会制度が構築されつつあります。 例えば、児童の権利条約の条項には、このことを如実に示す内容がいくつか見られます。同条約の第18条は、次のような内容となっています(強調部分は筆者)。

1.締約国は、児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母又は場合により法定保護者は、児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。児童の最善の利益は、これらの者の基本的な関心事項となるものとする。

2.締約国は、この条約に定める権利を保障し及び促進するため、父母及び法定保護者が児童の養育についての責任を遂行するに当たりこれらの者に対して適当な援助を与えるものとし、また、児童の養護のための施設、設備及び役務の提供の発展を確保する。

ここで注意すべきは、ここでの「父母」とは、実父母を意味するということです。よって、同条は、両親が離婚しても、子どもたちは引き続き両親から愛され、養育を受け続けることが児童の最善の利益に適う、と謳っているのです(「離婚後の共同親権」の原則)。

国際的に見ると、こうした認識は、各国の具体的な法制度へと具現化され、現在に至ります。つまり、現在の国際社会において、離婚後の両親による共同養育・共同監護とは、国際的スタンダードです。

日本における「離婚と子ども」の現状

ところで、わが国日本においても、両親の離婚に伴う子どもたちの深刻な問題状況は、基本的には、他の国々の子どもたちと何ら変わりなく存在しています。 それどころか、現状において、両親の離婚に直面する日本の子どもたちは、他の国々の子どもたち以上に、困難な状況に追い込まれるといっても過言ではありません。

なぜでしょう。

それは、現在の日本の子どもたちが、国際的に比較しても高頻度で両親の離婚に直面する実状があるにもかかわらず、こうした「離婚と子ども」という国際標準の視点が法制度を始めとした社会制度に未だ十分に反映されていないため、子どもたちへの適切な対応がおろそかになる傾向があるからです。

もう一つの児童虐待「片親疎外」とは

このことを如実に示すのが、こうした社会的対応が未整備な制度下で、両親の離婚に直面する少なからぬ子どもたちにもたらされる「片親疎外」という、もう一つの児童虐待の存在です。

近年、日本では、児童虐待の定義にいわゆる「面前DV」、つまり、夫婦間暴力の加害者である片方の親(その多くは父親とされる)が被害者であるもう一方の親(その多くは母親とされる)に対し暴力を加える姿を子どもたちに目撃させること。このことが新たな児童虐待の定義として加えられました。それどころか、この新たな児童虐待は、統計上最も多い児童虐待とすらなっています。

しかし、その一方で、これとは正反対の「もう一つの児童虐待」、つまり被害者と称する片方の親(その多くは母親)たちが、もう一方の親たち(その多くは父親)とその子どもとを何らかの強制力を持って引き離し、その後も継続的に接触を断たせた上で、手元に置いた子どもたちをあらゆる手を駆使して洗脳し続け、分離された片親とその子どもとの関係を事実上破壊する。

こうした「片親疎外」については、既述した児童の権利条約の精神に反し、社会的な否認状況が続けられています。

一見常軌を逸したこうした児童虐待ですが、夫婦間紛争が激化し、子どもの養育権の紛争にまで発展すると、こうした虐待行為は当たり前のように起こるというのがこれまで国際社会が直面してきた社会的事実です。そして、こうした深刻な紛争状況から子どもたちを守るために確立されたのが、上記児童の権利条約第18条のような国際的共通認識です。

日本における「離婚と子ども」の特殊性

以上のように、両親の離婚は、子どもたちのその後の人生に継続的な影響を及ぼし得ることが既にわかっており、その一方で、両親や社会による子どもたちへの適切な対応により、子どもたちの受ける不利益を最小限にすることができることもわかってきました。

こうした認識の下、国際社会は、各国の社会制度へと「離婚と子ども」問題に関する具体的施策を落とし込み、児童の最善の利益を確保する努力を重ねてきたのです。 にもかかわらず、わが国が、すでに児童の権利条約を批准している一方、こうした「離婚と子ども」問題に関する具体的対策が進まず、それどころか、それ以前の基本的認識すら共有されない社会状況が依然として続いています。これは一体なぜなのでしょう。

このことについては、一言で説明するのはなかなか難しいのですが、日本におけるこれまでの歴史的経緯、特殊性について、以下一言述べておきたいと思います。

それは、日本における「家」の存在です。とりわけ、明治以降制度化された「家制度」が少なからず影を落としていることが、指摘されています。 かつて、こうした日本の家制度の下、親子の不当な引き離しの被害者とは、「家から追い出された嫁」と、その一方で「家に残された」その子どもたちでした。

例えば、大正末期から昭和初期にかけて活躍した詩人金子みすゞは、夫との離婚に際し、せめて娘を手元で育てたいと要求。夫も一度はこれを受け入れますが、すぐに考えを翻し、娘の親権を強硬に主張しました。当時の旧民法では「親権者は子と家を同じくする父」とされており、みすゞは、娘を自分の母に託すことを懇願する遺書を遺すと服毒自殺。わずか26年の生涯を閉じました。

その後(2012年)、みすゞの生涯がドラマ化された際、試写会に出席したみすゞの長女(当時85歳)は「いろいろと思い出して、感無量。生きてきてよかった」と涙を浮かべたといいます。長女は、3歳の時に母・みすゞが死去。幼すぎて、母の記憶がなく「ずっと母に置いていかれた子だと思っていた。」「50歳を過ぎるまで、実の母のことをよく知らずに生きてきた。」「今となっては、母の愛情もわかってよかったと思う」などと話しています。

これは、今も昔も片親疎外に合う子どもたちの心情やその後の経過が何ら変わらないことを示唆しています。

しかし、その後高度経済成長を境に、離婚後の親権者は母親とされる傾向が強まり、現在では約8割のケースにおいて母親側が親権者となっています。その一方で、既述したように、国際標準としての「離婚後の共同親権」制度は未だ実現していませんから、現状では、親子の不当な引き離しの被害者とは、離婚に伴い「親権を剥奪された父親」と、その一方で「新しい家に入れられた」その子どもたちとなっています。

つまり、被害者である母親が父親に代わった以外、子どもたちが片親との関係を疎外される状況は何ら変わらず、そのことから被る心理的被害やその後の人生上の不利益についても、何ら社会的に解決されないままです。そればかりか、こうした「母親」と「父親」との対立は、政治的対立となって現われ、児童の最善の利益の実現に寄与する法制度の構築をますます難しくしている、というのが実情です。

いまどのような対応が求められるか

以上、両親の離婚に直面した子どもたちに対しては、特別な配慮とその具体的支援が必要であること。基本的に、子どもたちは両親の離婚後も両方の親から愛され、養育されることが、児童の最善の利益に適うということなどが、現在の国際標準の考え方であり、各国の社会制度もそうした考え方に基づき構築され始めていることを説明してきました。

しかしその一方で、日本には、子どもたちの被害状況については他国と何ら変わらないにもかかわらず、独自の特殊性を抱え、国際社会と歩調を合わせた社会制度の実現には未だ至っていないことについても触れました。

ところで、皆さんは、以前、「アダルトチルドレン」という言葉が日本で広まったことをご存じでしょうか。

一般に、「アダルトチルドレン(AC)」とは、「親からの虐待」「アルコール依存症の親がいる家庭」「家庭問題を持つ家族の下」で育ち、その体験が成人になっても心理的外傷(トラウマ)として残っている人。破滅的、完璧主義、対人関係が不得意といった特徴があり、成人後も無意識裏に実生活や人間関係の構築に、深刻な影響を及ぼしているケースを指します。ただし、これは、決して客観的な診断名ではなく、あくまでも当事者自身の自己認識のための名称であるともされています。

実は、「アダルトチルドレン(AC)」の自助グループの中には、「Adult Children of Divorce」、つまり両親の離婚を経験し、その後の生きづらさを感じている人たちのグループも存在しており、海外では「Adult Children of Divorce」という名称も一定の市民権を得ているようです。

実際この言葉を検索しただけでもさまざまな情報を引き出すことができます。

日本で「アダルトチルドレン」という言葉が広まったことの一つの大きな意義に、当事者の今現在の生きづらさに等身大の名称を与えたということが挙げられるでしょう。その後、「アダルトチルドレン」という認識は、緩やかな社会的広がりを見せ、児童虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)等の心的外傷(トラウマ)の問題を社会的に広めることにも繋がりました。

既述したように、「離婚と子ども」の認識については、日本では、国際的に見て、不当なほどに遅れた状況です。したがって、適切な社会的支援制度は未確立ですし、子どもの専門家においてすら、十分な科学的認識が共有されているとは言い難いのが実状です。しかし、両親の離婚に直面する子どもたちの被る不利益は、何時の時代でも、どこの国でも、多かれ少なかれ存在しており、これは重大な客観的事実の一つです。

なので、たとえあなたの周囲の人たち(親や専門家と称する人たち)が意に反さないあるいは否認したとしても、あなたの今の生きづらさを両親の離婚の問題と引き寄せて考え行動することが、何らかの新たな展開を生み出すことは十分考えられることなのです。

とは言っても、すでに社会的にしみこんだ考え方、行動様式を変えていくことは容易なことではありません。しかしそれでも、あなたにとってそうすることに何らかの意義が見いだせるとしたら、ぜひともやってみることです。

私自身、「離婚と子ども」に関する客観的認識を共有できる仲間たちを何とか巻き込みつつ、今後日本の実情に即した支援体制を微力ながら構築して行けたらと考えています。 無理せず一歩一歩、ミッションを果たしていければ、との思いを抱いています。

参考文献

離婚における父子の引き離し問題と、そのカルト化事例としてのDV冤罪−社会構成主義的立場からの解決を模索して(著:須田桂吾)

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