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学校現場における「離婚と子ども」|臨床心理士 須田桂吾

更新日 2017年05月31日 |
カテゴリ: 専門家インタビュー
学校現場における「離婚と子ども」|臨床心理士 須田桂吾

目次

1.はじめに:学校現場における「離婚と子ども」という視点
2.事例:両親の離婚に巻き込まれたA君. 学校現場における対応の有り方
3.葛藤を抱える二つの判断基準(「ダブル・スタンダード」)と、その行方
4.学校現場および当事者レベルにおける問題の解消に向けて
5.おわりに:頑張って生き延びたA君へ

はじめに : 学校現場における「離婚と子ども」という視点

日本における「離婚と子ども」の全般的な状況については、すでに、国際状況とも照らし、前回コラム「『離婚と子ども』という観点から、今の生きづらさを捉え直すということ」にて、説明しました。 今回は、より具体的に、子どもたちが育っていく主要な現場の一つである、学校現場を例に挙げ、問題の有り様とその解決の方向性について、考えてみたいと思います。

学校現場においては、児童生徒が示す表面的な問題の陰に、しばしば両親の離婚に直面する子どもたちの姿が見え隠れします。しかし、そのことが正面から取り上げられることはなかなかありません。つまり、「両親の離婚に直面する子どもたち」という観点からは、これまでほとんど語られてきませんでした。

もちろん学校が家庭内の問題に直接立ち入ることには、相当の無理があることでしょう。ただし、児童生徒の教育に携わる立場から、一般的な問題状況も含め、ある程度正確にこうした問題状況を認識しておくことは、実際の教育場面、あるいは他機関との連携等においても、とても大切なことと考えられます。

しかし、現状この問題は社会的に見て見ぬふりをされているような状況ですので、日本では、「離婚と子ども」の観点から、教育実践を再構成するような試みや研究等についても、今のところ極めて限られているというのが実状です。

事例:両親の離婚に巻き込まれたA君. 学校現場における対応の有り方

それでは、現在教育現場にてしばしば姿を現すにもかかわらず、現状では学校現場はもちろんのこと、児童相談所、家庭裁判所等も含め、どこにおいてもすっきりとした解決が難しい、それどころか関係者の間ですら問題の本質すらよくわからない、そうした典型例を挙げてみたいと思います(以下は、複数の事例を組み合わせた架空事例です)。


(1) 突如姿を現したA君両親の離婚問題と、巻き込まれるA君
A君(小学校1年生男子)の両親が離婚しそうです。 A君のお母さんは、離婚を決意し、ある日突然A君を連れて近所の実家へと戻ってしまいました。以降A君の身の回りの世話は、実家の祖父母も手伝いながら、お母さんがみているといいます。 突然のことに驚いたお父さんは、自営の仕事の合間を見ては、お母さんとA君を呼び戻そうとしました。しかし、対応に出てくるお母さん側のご両親(つまり、A君の母方祖父母)とはなかなか話が進みません。

ところで、A君の両親はまだ離婚していないので、A君のお父さんはまだA君の親権者です。しかし、A君はお母さんの実家で暮らしており、この場合、学校にとっての「保護者」とはお母さんということになるようなのです。 ある日お母さんから学校に相談が有りました。今、離婚の準備を進めているので、お父さんとA君とを会わさないようにしてほしいと言うのです。何かお父さん側に不審な動きが見て取れたら、すぐに連絡して欲しいとも言います。というのも、こうした状況で別れて暮らす親子を会わせると、A君がお父さんに連れ去られる恐れが高いので注意するようにと、弁護士からも強く言われているらしいのです。 こうした中、案の定、お父さんが、A君の下校時間に、小学校の校門を出たあたりに姿を現しました。

学校は、こうした場合、どのように対応すべきでしょうか。保護者であるお母さんからの要望どおりに、すぐにお母さんに連絡すべきでしょうか。さらに、お父さんは、現時点ではまだ親権者ですが、校長から担任の先生に指示を出し、二人が顔を合わさないように、A君の下校開始を遅らせるべきでしょうか。


(2)離婚の成立と、ひと時の安定
その後両親の離婚紛争が家庭裁判所を舞台に続けられる中、A君は、その表情から以前のような生気が失せ、加えて、まばたき、首振り、顔をしかめるなどを繰り返すチックの症状も見られるようになりました。休み時間も、友だちと遊ぶことはめっきり減り、ひとりで過ごすことが増えました。

しかし、その後1年程経過したある日、久しぶりにお母さんが学校に姿を現しました。お母さんの話しによると、ようやく離婚も決まり、お母さんが親権者となったと、うれしそうに報告する姿がそこにはありました。 また、なかなか離婚に合意しないお父さんとは、不本意ではあったものの、お父さんとA君とのその後の面会交流について認める取り決めをしたとのことです。その中には、お父さんが時々A君の学校生活の様子を見に来たり教育のお手伝いをするという内容も含まれているとのことでした。それでようやく離婚が決まったというのです。

その後しばらくすると、お母さんの言葉通り、地域で自営業を営むお父さんは、仕事の合間を見ては学校にA君を迎えに来るようになりました。当初、お母さん側のおじいちゃんやおばあちゃんは「自分たちが迎えに行くから必要ない」などとこれに反対したそうです。しかし、離婚を契機に新しく介護の仕事に就き、以前よりも忙しくなったお母さんにとっては、いくらか心境の変化も有ったようで、お父さんのこうした申し出に合意したのです。また、最初こそ、お父さんが来ると困ったような顔をしていたA君でしたが、その後、1週間も経たないうちにすっかりと慣れ、お父さんが迎えに来る日を楽しみに待つようになりました。

加えて、学校の先生たちの間でも、最初こそ、元気を失ったA君が親権を持たないお父さんと再び会うようになったら混乱するのではないか、と心配する声も聞かれました。しかし、実際に二人が会うようになると、むしろA君は以前のような元気を取り戻し、学校生活の中でも笑顔や友達との交流がみるみる増えて行ったのです。そうした姿に、先生方も胸をなで下ろしたようでした。


(3)再び新たな問題状況へ
しかし、そうした良い状況も長くは続きませんでした。 最近になって、お母さんには新しい彼氏ができ、そのことはA君から担任の先生も聞いていたのですが、その後、お母さんから学校へと電話が有り、その彼氏と再婚したことがわかったのです。その際、お母さんからは、「新しいパパとの関係が今は大事なので、これまでのような実のお父さんによるお迎えは断るつもり」とのこと。また、「面会交流もしばらくは休ませたい」と言います。そして、学校にも、A君の今後のために、お母さんに協力してほしいというのです。

これを契機に、学校でのA君の様子は再び変わって行きました。また一時期のような生気を失ったかのような表情が見られるようになったかと思うと、それだけではなく、担任の先生が心配して話を聞いてみると、「パパだと思っていた人は実は悪い人だった。だからもう嫌いになったし、もう絶対に会わない」と言うようになったのです。

そうした中、ある日久しぶりにお父さんが以前と同じように学校にA君を迎えに来ました。突然のことに、A君は、もじもじして困った様子でしたが、それでも以前のようにとてもうれしそうな表情も時折見え隠れしました。

学校は、この場合、どのような対応をとったら良いのでしょうか。やはりお母さんにすぐさま連絡すべきなのでしょうか。

葛藤を抱える二つの判断基準(「ダブル・スタンダード」)と、その行方

皆さんは、この事例を読んで何を感じましたか。 「私の時とそっくりだ」と思った人もいるかもしれません。なぜなら、「架空事例」ということで紹介しましたが、実状は、こうした「お決まりの経過」を辿るケースが一定数存在していると考えられるからです。

 ところで、この事例は、「現在教育現場にてしばしば姿を現すにもかかわらず、現状では学校現場はもちろんのこと、児童相談所、家庭裁判所等も含め、どこにおいてもすっきりとした解決が難しい、それどころか関係者の間ですら問題の本質すらよくわからない」典型例として紹介しました。しかも、こうした「お決まりの経過」を辿るケースは、現在もなお一定数生み出され続け、その後も問題解決には至らずに存在し続けざるを得ない状況が、今も続いていると考えられます。

以下、こうした不可解な問題状況の本質を読み解く上で鍵になる重要点について、説明してみましょう。少し難しい話しにもなりますが、大事な内容ですので、頑張って考えてみましょう。

まず、こうした事例がどうしてすっきりとした解決が難しいかというと、問題状況に本質的な矛盾や葛藤が存在するからだと考えられます。それは、一人一人の当事者間の心の葛藤というよりも、私たちの社会が現在抱える、解決を考える上での判断基準に関する矛盾や葛藤です。

ここでの、解決を考える上での判断基準の一つとは、子どもの健全な成長にとってどのような解決が望ましいかという基準から成り立っています(「子どもの最善の利益」の観点からの判断基準)。またもう一つの判断基準とは、現在の私たちの社会における解決手段の一つである法律がこうした問題の解決のために事実としてどのような基準を示しているか、ということです(現行法上の判断基準)。

そもそもこの二つの判断基準は、本来合致していなければなりません。つまり、子どもが関係する問題については、子どもたちの健全な成長や権利が守られるような形で社会の解決ルール(つまり法律)が決められていなければなりません(児童の権利条約第3条第1項参照)。

しかし、現状において、私たちの暮らす日本では未だこの二つの判断基準は必ずしも合致せず、大きな矛盾や葛藤を抱えたまま放置されていると考えられます。だから、すっきりしないし、よくわからないし、解決されないというわけです。

前回のコラムでは、国際的にみると、こうした二つの判断基準の葛藤はすでに概ね解消され、子どもの健全な成長に見合った新しい法制度が構築される傾向にあると紹介しました。その際、私たち日本の実情はこうした状況から後れを取っていること、その原因としては、日本における特殊な事情も関わっていそうだとも述べました。

それでは、今後、私たちの暮らす日本の社会でもこうした問題は解消の方向へと進むのでしょうか。

 実は、既に平成23年には、日本の民法の一部は改正され、両親の離婚に伴い子どもの養育に関する取り決めを行なう際には子どもの利益が優先されるべきであることが明記されました(民法766条)。また、その際、現在の国際標準の法制度である「離婚後の共同親権制度」についても国として検討して行くことが、国会にて決議されたのです。続いて平成26年4月1月からは、国際標準に則り、国際間の親による子どもの連れ去り事案が発生した際(これは諸外国において重大な犯罪行為とされています)、原則として子どもを一旦元居た国に戻し、そこでの司法手続きを通して、その後の子どもの養育について子どもの最善の利益の観点から取り決めるとする、いわゆるハーグ条約が、日本でも効力を発するようになりました。こうした一連の動きによって、その後も国際基準に見合った根本的な改革、つまり上に挙げられた二つの判断基準が解消される方向へと進むことも大いに期待されました。

しかし、こうした大きなチャンスも、その後すんなりとした問題改善へは進まず、二つの判断基準における矛盾、葛藤は未だ解消には至っていません。つまり、あらためて問題の根深さが浮き彫りになったというのが現在の到達点であり、それを踏まえ新たな具体的取り組みが強く求められていると言えそうです。

学校現場および当事者レベルにおける問題の解消に向けて

問題状況に巻き込まれた子どもたちや親たち、また、学校現場の先生方といった、等身大の当事者レベルにおける、こうした問題の解消に向けた具体的取り組みについて、実際の社会との関係性を重視するナラティブ・アプローチの考え方などを手掛かりに、以下、考えてみたいと思います。


(1)二つの物語を明らかにすること:ドミナント・ストーリー(「支配的な物語」)とオルタナティブ・ストーリー(「もう一つの物語」)
ドミナント・ストーリー(「支配的な物語」)とは、それぞれの問題について影響力を及ぼしている主要な考え方(言説)と言うことができます。また、オルタナティブ・ストーリー(「もう一つの物語」)とは、それぞれの問題がもはや問題では無くなるような、そうした可能性を秘めた新しい考え方(言説)ということができるでしょう。

学校現場における「離婚と子ども」の問題を支える主要な考え方(ドミナント・ストーリー)の一つには、例えば、「親権を持たない親が、子どもの教育に関わると、保護者であるもう片方の親との対立が発生するなど、子どもを混乱させることにつながるから良くない」というものが挙げられるかもしれません。

これに対するオルタナティブ・ストーリーとしては、両親が離婚しても両方の親が子どもの教育に関与することは子どもの最善の利益に適うとする研究成果や、そうした研究成果を基に作成された離婚後の共同養育制度を実現している諸外国における養育ガイドラインの内容などが挙げられるでしょう(例えば、「米国インディアナ州親子時間ガイドライン(Indiana Parenting Time Guidelines)」http://www.in.gov/judiciary/rules/parenting/)。

こうした二つの物語の内容をまず明らかにすることは、その後の問題の解消に向けて、最初に取り組まれるべき重要な内容と言えるでしょう。


(2)オルタナティブ・ストーリー(「もう一つの物語」)が、語られるということ

① 問題の解消に向けて、オルタナティブ・ストーリー(「もう一つの物語」)を語ろう
続いて、問題の解消に向けて取り組まれるべき内容としては、当事者が、実際に「オルタナティブ・ストーリー(「もう一つの物語」)」を語る、という行為を挙げることができます。ただし、これは、単に独り言のように自分だけで言葉に表すということではなく、誰かに向けて語るという行為であり、つまり社会的な行為であることを意味します。

また、「オルタナティブ・ストーリー(「もう一つの物語」)」を語るわけですから、問題状況の成立を支えている支配的な考え方(ドミナント・ストーリー)に迎合した、偽りの意志を表明することではもちろんありません。なので、オルタナティブ・ストーリーを語るということは、それ自体、かなりの勇気を必要とする行為でもあることでしょう。


② 子どもの意見表明権を巡って、いま起きていること
今、日本の国会では離婚後の別れて暮らす親子関係の有り方について法整備を進める動きが再び浮上しています。しかし、ハーグ条約に批准する時と同様、意見を二分するような激しい議論が再燃しています。その中では、児童の権利条約第12条に規定された、子どもの意見表明権を保障する文言を法案に盛り込むべきとする強い声が、いわゆる慎重派(離婚後の共同親権制度や面会交流制度の構築に慎重な立場)から出され、これは法案にも盛り込まれました。

実際、「離婚する時には、子どもの声をきちんと聴いて子どもの養育に関する取り決めをしましょう」というと、いかにももっともらしく聞こえます。私も、子どもたちが、自らの思いや考えを表明することには、基本的に賛成の立場です。

しかし、残念ながら、事態はそこまで単純ではないのです。 既に述べたように、子どもたちが自分の本当の思いや考えを語るという行為は、それ自体、かなりの勇気を必要とする行為となり得るものです。特に、両親の離婚に際して、その後の親子関係について考えを聞かれたら、子どもたちは一体何を思うでしょう。こうした場合、子どもたちは、しばしば両親の離婚紛争のまさに渦中で、意見を聞かれることになります。ほとんどの場合において、子どもたちは両方の親が大好きで、しかも両方の親からの支援を必要としています。しかしながら、未だ離婚後の単独親権制度に止まる日本では、子どもたちはどちらかの親を選ぶという極めて悲劇的な立場に立たされてしまうのが実状なのです。

家庭裁判所の実務などでは、すでに調査官による調査を通して、子どもたちはこうした悲劇的な立場にしばしば立たされています。繰り返しますが、本来、最善の状況設定がなされるならば、子どもたちの思いや考えに真摯に耳を傾けること自体は、極めて大切なことです。しかし実態は、離婚後の単独親権制度の下では、子どもの養育に関する両親間の争いは事実上勝ち負けを決めるということになります。そうした中、子どもたちが思いや意見を聞かれる時点では、すでに多くの場合一方の親(別居親)との関係は遮断されており、その一方で現に自分の世話をしている親(養育親)については生殺与奪の権を握る存在とすらなっているのです。

さらに悪いことに、激しい紛争状態に置かれた場合などでは、子どもたちは、養育親やその周辺から、別居親の価値を低めるメッセージ(あからさまな悪口やさり気ないジェスチャーなど)を絶えず送られ続ける状態ともなり得ます。つまり、わかりやすく言えば、深刻な洗脳状態に置かれることにもなり、これは前回コラムでも述べたように「片親疎外」と呼ばれるもう一つの虐待状況と言えます(A君が両親による養育紛争へと再び追い詰められる中、「パパだと思っていた人は実は悪い人だった。だからもう嫌いになったし、もう絶対に会わない」と言うようになったことを思い出してください)。

しかし、こうした中でも、離婚後の単独親権制度の下、親権を持つ親と持たない親という形で勝者と敗者をはっきりさせなければならない裁判所では、子どもの意思表明とは単に一方の親を勝たせるための言質取りの機会に貶められてしまい兼ねません。実際、家庭裁判所調査官による調査の際に、子どもたちは、別居親とは引き離されている一方で、もう一方の当事者である養育親やその親族の目の前で、その後の自分の養育の有り方についての意見を「表明」させられたり、弁護士から説得されて別居親の悪口を裁判の証拠として書かされるなどの、極めて深刻な事態が当たり前のように起こっています。

このような極めて不当な状況が放置され続ける中、児童の権利条約第12条「子どもの意見表明権」は事実上無残にも貶められていると言わざるを得ません。こうした中、「子どもの意見表明の機会を法案に盛り込みましょう」などと果たして無邪気に言えるものでしょうか。


③ オルタナティブ・ストーリーが語られるために、できること
要するに、問題に巻き込まれた子どもたちや不当に我が子と引き離された親たち、そしてまたこうした問題に疑問を感じる学校現場の先生方など、さまざまな当事者にとっても、意見を表明する行為とは、その設定の有り方次第では、オルタナティブ・ストーリーを語ることにより問題状況の解消へと寄与することにもなり得る反面、子どもにとっての深い心の傷を残す被虐待の体験、あるいは大人の場合なら周囲との摩擦や失職などを通じての社会的孤立へと追い込まれかねない深刻な事態をもたらし得るもの、と考えられます。

では、オルタナティブ・ストーリーが語られるために、何が必要なのでしょう。 その答えとして、私は、前回コラムでも触れた、アルコール依存症者やアダルトチルドレン(AC)が自らの体験談を語る自助グループに、一つのヒントを見い出すことができると思っています。実際、「アダルトチルドレン(AC)」の自助グループの中には、「Adult Children of Divorce」、つまり両親の離婚を経験し、その後の生きづらさを感じている人たちのグループも存在しており、海外ではすでに「Adult Children of Divorce」という名称も一定の市民権を得ていることにも触れました。実は、日本にも、「Adult Children of Divorce」の自助グループはすでに生まれているようです(日本離婚の子ども協会)。さらには、両親の離婚の実体験をも活かしつつ、両親の離婚に直面する子どもたちの支援を展開する団体なども誕生しています(例えば、特定非営利活動(NPO)法人ウィーズなど)。

それ以外にも、オンラインでのさまざまなコミュニケーションツール等を使って、離婚と子どもにまつわるさまざまな体験を、当事者や支援者などとつながって語り合うこと自体は、ますます容易な社会状況になりつつあると言えるでしょう。 もちろん学校や身近な場所に、信頼して話せる友だちや大人がいたら、そうした人たちに心を開いて話してみたら良いと思います。予想以上にわかってくれるかもしれません。

さらに、日本の多くの学校には、心の問題の専門家である臨床心理士等が務めるスクールカウンセラーが定期的に来校します(私もスクールカウンセラーを兼務しています)。もしこの人なら話せそうだと思ったら、少しずつ反応を見定めながらでも良いので、今抱えている思いや考えを率直に話してみると良いでしょう。

つまり、現在、同じような体験を持った仲間や信頼できる支援者たちと繋がって、安全な環境を確保した上で、自らの本当の思いや心からの意見を表明することは、少しの勇気と行動力さえあれば、決して難しいことではありません。

おわりに : 頑張って生き延びたA君へ

 今回紹介した「両親の離婚に巻き込まれたA君」は、あくまでも架空の事例です。ただし、「お決まりの経過」を辿る場合がしばしば見られる現状においては、実在の事例と重なる要素も極めて多く、その意味では高い真実性を帯びた事例ともなっています。A君の被った辛い体験は、単にA君だけの特殊な体験ではなく、B子さん、C君たちの被った体験でも有ります。 最後に、そうした子どもたちを代表して、A君に対して言葉を述べて終わりたいと思います。


A君へ

その後、元気にしていますか?

私は、A君がお父さんの悪口を言ったことで、今でも心の深いところで嫌な気持ちを引きずっていることを知っています。でも、あまり自分を責めすぎないで下さい。落ち着いて冷静に見つめ直してほしいのです。

私は、A君が体験した辛い出来事は、ひとりA君だけの体験ではないと思っています。 A君はまだ知らないかもしれませんが、広く世界や世界の歴史を見渡すと、例えば、多くの子どもたちが誘拐され、その後洗脳され、武器を持たされた上で、親を殺すように仕向けられるような、極めて悲惨な出来事も起こっています。そうした場合、子どもたちが自分たちの親を喜んで殺すことも、決して珍しいことではありません。実際、そうしたことは、繰り返し起こりうることなのです。

A君は、結局のところ、生き延びるために大好きなお父さんの悪口を言い続けたのだと思います。そのことは、お父さんも十分理解しているはずです。むしろお父さんは、君をそのような辛い状況に追い込まざるを得なかった自分の不甲斐なさを悔いてすらいると思います。

もちろん今も問題は継続中です。それでも少なくとも君は生き残ったのです。そして、生き残った人たちには、そうした人たちにしかできない特別な使命が与えられていると、私は考えています。

少し勇気を出して、君に起こったこと、今思っていることなどを、安全に気を付けながら、無理なく、いろいろな人たちに伝えて下さい。君の口から真実が伝えられることによって、世界は少しずつでも変わります。君が、少し勇気を出すだけで、君ばかりではなく、これから君と同じように辛い思いをするはずの子どもたちをも助けることができます。君が被った辛い出来事には、そうした特別な意味が隠されているのだと思います。

君には、これからもやるべきことが次々と湧いて出てくることでしょう。毎日の勉強や運動は、そうした将来のための準備です。自分の気持ちに正直になって、今できることを精いっぱい頑張って下さい。

いつも君の健闘を心から祈っています。また何か私にできることがあったら、いつでも声をかけて下さいね。

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