若者のうつ病に見る、社会と医療の「反省期」と転換点 | 精神科医 鍋田恭孝

更新日 2023年05月18日 | カテゴリ: 専門家インタビュー

うつ病は「途方にくれた状態」が続くと発症する

——鍋田先生は著書「子どものまま中年化する若者たち 根拠なき万能感とあきらめの心理 」の中で、若者の心理の変化についての考察をしておられます。その中で、うつ病も従来とは異なる病理であるケースが増えているというお話がありましたが、どんな社会の変化が、どんな病理の変化につながっているのか、お聞かせ頂けますでしょうか。


全体的な印象として、自罰的でひどく精神的な活動が低下し、憂鬱感も深い内因性のうつ病は減っていると感じます。逆に軽症で、うつ病とはいかないまでもうつ状態の人の比率が増えていると感じています。

うつ病は、問題が起こった状態で何をしていいのかわからなくて、「途方にくれた状態」(helplessness)が続くことで発症します。例えばマウスでうつ病モデルをつくるときには、電気ショックを与えて、レバーを押しても何をしてもショックが止まらない状態をつくる。そうするとマウスはしばらく何とかしようと動き回った後、まったく動かなくなる、つまりその状況に疲れて「途方にくれて」、うつ状態を発症するんです。

昔は物質的にも豊かではなく、家族の中に兄弟も多かったですし、家の中ですら生存競争がありましたね。外にいくとジャイアンがいて、一方で学校では先生に権威があったし、大人が怖かったわけです。だからどこにいても「葛藤」がたくさんありました。「群れ」の中で生きるから、自分の意見が通らないこともあるし、親や先生に従う必要がある。だから、自分を抑圧する傾向があり、社会に出てからも社会の価値観や規範に沿って生きようとして、その生き方の責任が重くなるなどのきっかけで破たんすると、40歳代以降になって「途方にくれた」状態になることが多かった。

社会に出て初めて「葛藤」と直面する

一方で、今はひと世帯3人以下の家庭が70%ですから、一人っ子、せいぜい二人っ子なわけです。親も子供に対して時間や手間をかけられるようになって、物質的にも困ることがないし、大人もいたれりつくせりで教えてくれる。大学でも学生を傷つけないよう、大事に扱われるから、「葛藤」が生じにくいわけです。教育のやり方も、答えが存在している中での「答え探し」は得意なんです。遊びにしても、自分で工夫するとか、困った時に協力するとかいうのが少ない。テレビゲームのように決まった「答え」がある。そういうのをまじめにやっていくのは上手なんです。明確に指示を出すと、上手にやる子は本当に多い。

それが、社会に出たとたんに自分で考えなければいけなくなるでしょう。生存競争もある。そうすると彼らは困ってしまう。でも、真面目なので、やらなければならないことはやっていこうと思う。それでも解決できずに「途方にくれて」しまうんです。就職活動も大変だし、今までなかったストレスに耐えることになるんです。

新しいタイプのうつ病について「甘え」という人がいますが、そうではない。彼らは、経験したことのない新たな状況に直面して、本当に「困っている」んです。

——教育環境の変化によって子供の価値観も考え方も変わっているのに、社会に出た後の環境は今までと変わらない効率主義、権威主義になってしまって、そのギャップに苦しむことになるのですね。


そうですね。あまり「群れる」という経験がない分、対人関係も苦手としていることが多いです。女性は対人関係にストレスを抱えてしまうことが多いですね。男性は苦手な仕事と向き合うときに、抑うつ的になる傾向があります。

若い世代は、生存競争を生きてきてないから、あまり貪欲さがないがないのかもしれません。昔でいう「いいおうちの一人っ子」のような。品があって、泥んこ遊びはしない。自分のペースが守られて、なるべくそれぞれの価値観の中で生きていこうとする。

「自分らしく生きる治療」である従来型の精神療法

——従来型のうつ病と、新しいタイプのうつ病とでは、改善・治療のためのアプローチの方法はどう異なるのでしょうか。


従来型のうつは、「自分らしく生きられなかったこと」が悩みのモデルになっていました。偽りの自己と本当の自己(real-self)があって、精神療法の一番の目標は患者さんとの対話を通じておのずと患者さんの中に隠された本当の自己が出てきて、答えが導き出され、問題が解決することでした。本当は何を望んでいて何を恐れているか、何を防衛し、ごまかし、抑圧して無理をしているのか。それを出していってあげる。

50年代にはバックパッカーで自分探しをするようなことがアメリカで流行りましたね。あれは自分による自分に対する精神療法ですよね。いろんなところに行って、いろんな人と出会って、一段上の自分に成長していく。従来型の精神療法では、来談者中心療法でも、精神分析でも、治療者は極力何も言わないんです。背景にあるものを控えめに解釈したり、共感していくと、本人が気付いていく。

こう生きたいのに諦めていたとか、親の期待する役割に生きようとして自分に嘘をついたりしているとか、本当はこうだったんだ、とかが出てくるわけです。お兄ちゃんに負けて、「自分は無能なんだという考えに取りつかれ、自己欺瞞の生き方をしてきた」、とかね。

若者のうつ病には、具体的な方法論を短期で提供する必要性がある

今の若者に関しては、その方法だとうまくいかないことが多いですね。何を悩んでいるの?と聞いても、言葉が出てこない。どうなりたいの?と聞いても、わからない、苦しいことだけはわかると。受動的で、自分を主張できないとか、目立つことを恐れるとか、Noと言えないとか。だから、以前の精神療法よりも積極的に介入する必要がある。認知行動療法のようなモデルを使うことも多くなっていますね。宿題を出して、どんな考えが浮かびましたか?どんな気持ちになりましたか?と具体的な道筋を提供していくんです。すぐ答えを欲しがることも多いので、そのあたりのニーズを感じとって、積極的に働きかけていくことが多いですね。

教育現場での面接回数も、新規のケースは増えているけれど、全体の面接延べ回数は激減しているんです。長い時間をかけて、じっくりと向き合っていくことが減っている、あるいは答えを急ぐ相談者が増えているんですよね。

まずは積極的に働きかけ、具体的に状況を改善するためのスキルを身につけられるような方向性でサポートを行います。

うつ病治療の精神療法の3ステップ

——鍋田先生は、様々な精神療法をうつ病のフェーズに応じて使い分ける統合的なアプローチをとっておられますね。これにはどんな意図があるのでしょうか。


うつ病にはどんな精神療法が効果的なのか、というのは一概には言えることではありません。症状の程度や患者さんの状態によって使い分けるのが当然のことです。 でも、一定の枠組みはあります。

まず第一ステップは、心理教育です。正しい情報を知るところからですね。うつ病の治療を受ける方は、うつ病教室に通うようなものですので、うつ病については初心者です。まず病気についての正しい知識や正しい付き合い方を学んでいきます。この中で、投薬治療も含め、症状を軽減させていくことを目指します。

第二ステップは、認知行動療法的なアプローチです。直近のうつになったきっかけについて考え、問題解決を目指していきます。途方にくれる状態になったきっかけを探っていく。一般的な医療の外来の現場では第一ステップの心理教育を行って、薬で治して、会社に戻すといったことが行われていますが、これでは再発して当たり前です。原因となった問題が解決してないんですから。それを2〜3回繰り返すと、本人もがっかりしてしまいますし、薬のききも悪くなってしまいます。夫婦仲が悪くて抑うつ的になったのであれば、どうやって夫婦問題を解決するかを考えていくんです。

ここまでで大丈夫なケースも多いんですが、うつになりやすい人には、役割を重視して無理をしやすい傾向や、悲観的になりやすいもともとの性格もあることが多いのです。ここで「本当の自己」論が出てきます。きまじめで、役割を果たして、会社のためにつくして、自分を捨てて生きているような人には、この機会に、今の生き方に無理があるのではないか?という「生き方」自体と向き合っていくことが意味を持ちます。これが第三ステップです。葛藤モデルに沿って、いい人を演じていた自分に気付いていく。葛藤型のうつの人は、本当に「いい人」が多いですね。治療者の私に対しても「私なんかが先生の手を煩わせるのは申し訳ない」「ご迷惑をおかけしてすみません」なんていう態度の方が多いわけです。そりゃ疲れますよね。

診断基準が画一化した精神科医療の転換点

——先生のアプローチのように相手の特性や病気の状態にあわせて、短期的(技法的)なアプローチから長期的(本質的)なアプローチを使い分ける、というのは今の医療の中では一般的なことなのでしょうか。


そういうやり方をする医師は少ないですね。ますます少なくなってきました。私が学んだころはロマンティックな時代だったのかもしれません。その人が育った歴史があって、物語の中で悩んでいるのであれば、拾い上げて深く考えていきましょう、という力動的なアプローチが主流でした。1960年代、アメリカのセレブは主治医として有名な分析医を持っていることがステータスだった。1970年ごろから、アメリカで急速に変化して、それぞれの問題の裏側で何が起こっているかではなく、DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)のように、症状として何項目に当てはまればどの病気、とシステマチックに診断するようになりました。その間を埋めるものとして認知行動療法が流行っていますね。日本は相変わらず、アメリカの真似をしていますので、遅ればせにそのような方向性に向かって来ているのです。

精神科医療は、あるものが流行すると一気にそちらに流れ、どこかで反省期に入って違う方法が流行する、というのを繰り返しています。今また、認知行動療法も反省期に入り、変化しつつあるのだと思いますよ。

相手がバカでもいい、他人に話すことで悪循環を抜け出す

——うつ病などのこころの病気は特に、生きづらさと病気の境目が曖昧であるように思います。病気になる前に対処するために、どんな風にアプローチしたら良いのでしょうか。


例えば重いものを無理やり持ち続けると腱鞘炎になるように、あることにこだわって必死に悩んだり、「途方にくれた」状態が続くと、脳のある部分が活性化しはじめたり、活動性が低下するという悪循環に入っていきます。どこからが病気というのはなく、連続的なものです。でも、腱鞘炎と同じように、ある段階からは明確に病的な状態になります。

それを防ぐために、カウンセラーや専門家に相談するというのがひとつの方法です。一人で考えていると、同じ考えが同じところをくるくるまわっているんですね。同じ考えを繰り返していても解決できませんし、それが悪化への道につながっています。専門家でなくてもいい。相手がバカな(?)旦那でもいいからとにかく他人に伝え、他人の反応を受け取ることで、別の視点を持てるようになります。どなたか愚痴を言えるような方がいるとよいと考えています。そのような方がいないときほど専門家を利用するというのが、大家族がなくなった現代的な方法です。

母親の「わからない」「不安」に寄り添うことが子供を救う

——若者の不適応に関連して、社会の中で取り組んでいくべきことはどんなことでしょうか。


いろいろあるとは思いますが、ひとつはお母さん教育ですね。地域で群れることがなくなり、大勢で育てるということがなくなったので、お母さんの養育能力がとても大切になっています。地域のゆるやかな絆が薄くなって、お母さんも孤独で、不安だからと手をかけすぎたり不安が強くて守りに入りやすくなってしまったりします。小学校の低学年以下の関わり方は特に大事です。お母さんが暖かく受け入れて、必要に応じてちゃんと叱る。

お母さんも迷いますよね。教育ママがいいわけではない、というのはわかってきた。じゃぁどうしたらいいの、というのが見えない。まずはお母さんの側に立って関わっていくのが大切かもしれません。 お母さんが安定した子育てにコミットできる環境づくりと、子育ての迷いに対する教育環境が必要だと思います。安定した関係性でしっかり育てられた子供は、一人っ子でもしっかりしています。

合理主義から、自然に還る

——社会全体の価値観が変化していく中で、心との向き合い方はどう変わっていくのでしょうか。


アメリカ的な合理主義・効率主義の中で、数字にならないような、情緒とか魂とかとつながるような世界観がどんどん排除されてきました。全てがデジタルに移行して、お金や情報や電子機器に囲まれた生き方になっている。最近は、東日本大震災の経験もあって、一体これは何なんだろうと、反省期に入りつつあるのだと思います。

それまでバラバラだった個々が、全体の中の自分をもう一度考え始めている兆しがあります。合理主義とは違う豊かさを、日本人はもともと持っていたと思います

私も最近までヘルニアで、生まれて初めて半年近く動けない生活を余儀なくされていたのですが、ずっとひとりで雲を見ているしかなかったときに、雲の流れとハーモナイズして、ゆったりとする感覚、自然に流れていく心地よい感覚を味わっていました。

いろんな情報を遮断して、全てをおいて、一時間、二時間、生きていることをゆったりと味わうこと。必ずしも瞑想でなくても構いません。ただ味わってみること、自然に身を任せてみることことが、今だからこそ意味のあることなのかもしれません。

——合理主義一辺倒の社会のあり方も、画一的な医療のあり方も、「反省期」に入りつつあるということなのですね。大変示唆に富んだお話、ありがとうございました。


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