精神障がい関係なく人々が共生できる社会へ 〜ソーシャルフットボールが変えていく未来〜|精神科医 井上 誠士郎

更新日 2023年05月18日 | カテゴリ: 専門家インタビュー

フットボールを通して、精神疾患・精神障がいのある人が元気になることや、人とつながり、社会とつながり、世界とつながることを目指して活動しているNPO法人日本ソーシャルフットボール協会。今では全国各地に活動の輪が広がり、全国大会が開催されるなど、非常に盛り上がっている分野です。今回、協会の専務理事であり、精神科医の井上先生に、協会の活動内容や、それに掛ける思いを伺いました。

ーー日本ソーシャルフットボール協会とはどのような団体なのでしょうか


フットボールを通じて、精神障がい者に対する偏見をなくし、共生社会を実現したいとの思いから、2013年8月に設立しました。従来、精神障がい者のスポーツといえば、入院患者の運動不足解消、気分転換を目的として「院内型スポーツ」でした。しかし、それはとても「内向き」で「閉鎖的」な社会を精神科や心療内科が生み出していることに他ならないと考えています。そういった状態が、社会から精神障がい者に対しての「偏見」や「誤解」に繋がっていると思うのです。

また、オリンピックは健常者のスポーツの祭典、パラリンピックは身体障がい者と知的障がい者のスポーツの祭典ですが、精神障がい者スポーツは、それ自体がスポーツの一分野として確立されていない状況です。これは大変残念なことです。

この状況を変えていきたい。フットボールを媒介とし、健常者、地域社会との繋がりを生み出していきたいですし、精神障がい者スポーツというものがあたりまえの社会にしていきたい。フットボールというスポーツを通じて交流することで、少しでも精神障がい者に対する偏見や誤解を解消し、互いにスポーツを楽しむコミュニティを作れたら、と思っています。

ーー団体としてどのような活動をされていらっしゃるのでしょうか?


主に、ソーシャルフットボールという存在を普及させるために、大会やイベントのコーディネート、講演会やシンポジウムの開催など、全国各地や海外とも連携しながら幅広く活動しています。 まだまだ団体としての歴史は浅いですが、全国各地にチームが着実に増えつつあり、この競技に対する期待と、高いポテンシャルを感じています。

また、主催イベントとして2015年10月2日の「第1回ソーシャルフットボール全国大会(名古屋)」やその地区予選を皮切りに、2016年2月27・28日に初の国際大会「第1回ソーシャルフットボール国際大会(堺)」を開催します。

今では、Jリーグのガンバ大阪や横浜FCが主催で大会が開催されたり、日本代表のハリルホジッチ監督ほか、各年代の日本代表監督や選手からは国際大会に対する応援メッセージを戴いたりと、どんどん賛同・応援の輪が広がってきています。とても嬉しく思っています。

ーー「ソーシャルフットボール」という言葉はあまり聞き慣れませんね。


はい。イタリアの「calciosociale(カルチョソチャーレ)」に由来し、当協会の田中理事と私が共同で日本に紹介しました。

少々昔の話になりますが、日本における精神障がい者スポーツ(フットボール)の活動は、2006年に協会理事長の岡村が院長を務める病院で始まりました。それ以後、全国で活動を始める地域が少しずつ増え、私の地元である北海道では2009年5月から始めています。2007年、雑誌newsweekに(当時)イタリアでは15年前から精神障がい者のサッカーが行われている、という記事が掲載されました。また、イタリアは世界的な地域における精神医療の先進国です。

これを読んだ岡村はそれからずっとイタリアに行きたいといった願望があったそうです。多くの方々の多大なご尽力のもと、2011年、念願かなって大阪のチームを従えて、地域医療の視察も兼ねたイタリア遠征を決行しました。

イタリアには、精神障がい者が出場するサッカー大会の形式が2つあります。

1つは、精神障がい者のみを対象とした大会です。こちらはイタリアの主要スポーツ組織である「イタリア・スポーツ・フォー・オール連合」が主管しています。

2つめは、「calciosociale(カルチョソチャーレ)」、つまり英訳すると「socialfootball(ソーシャルフットボール)」というサッカー文化です。これは、精神障がい者を含め、地域全ての人たちと共にサッカーを楽しむ、といった「社会統合」を目的としています。今、日本でも話題になる機会が増えた「ダイバーシティ」「ソーシャルインクルージョン」などの要素を多分に含んだものです。

参加者は、障がい者だけでなく、経済格差、移民・人種差別、薬物問題、教育格差など、社会的な問題を抱えたあらゆるマイノリティです。そういった方々とフットボールを通じて地域社会が繋がることで、結果的に「セーフティーネット」として機能する、といった特長があります。

この仕組みに敬意を表し、「calciosociale(カルチョソチャーレ)」を英訳し、「social football(ソーシャルフットボール)」を団体名に使用することを決めました。 もちろん、名前だけではなく、活動の目的や理念も参考にし、志を同じくしてソーシャルフットボールという仕組みを広げていきたいと考えています。

ちなみにイタリアには「精神科病院」はありません。凄いと思いませんか?
精神障がいを持っている人でも、円滑に生活できる地域社会の仕組みが出来上がっているんですね。 病気の状態によって、ゲストハウスのような場所で養生することはあるみたいですが、基本的には病院はないんです。そういった社会をつくる1つのツールとして、「calciosociale(カルチョソチャーレ)」が機能しているのです。素敵ですよね。

活動に関わる皆がハッピーになる輪を広げる

ーー井上先生は協会の運営のみならず、北海道で支援者組織の運営にも携われていらっしゃいますね。


はい。北海道においては、精神障がい者スポーツを支えたい、といった有志(医療関係者や地域の方々)があつまった「北海道精神障害者スポーツサポーターズクラブ」という団体も組織しています。この組織は、サッカーに限らず「障がい者スポーツ」全般をサポートしています。その活動の一環として「リベルダージ北海道」というチームを運営しています。

ソーシャルフットボール2

サポーターズクラブの皆様をはじめ、地域の方々から多くの支援をいただきながら運営しています。
例えば、フットサルコートを運営している社長さんが会員で、優先的にコートをレンタルさせてくれたり等、皆様の「善意」に支えられている部分は非常に多いです。感謝してもしきれません。こういったサポーターズクラブはこれから全国的に普及していくと期待しています。

ーーチームを運営していく上で気をつけていらっしゃること、楽しみにされていることはありますか?


楽しみといえば、皆でフットボールで汗を流したり、試合をしたり、遠征して他県のチームと交流したりすることでしょうか。また、後でお話しますがフットボールを通して、病気が良くなったり、職場復帰したりする仲間が少なくなく、これも楽しいこと、嬉しいことですね。

基本的に、運営費・活動費は自分たちで捻出しています。選手もサポーターも全員自己負担です。会場レンタルや遠征時は割り勘で負担します。 遠征はメンバー1人あたり6万円ほど必要となりますが、自分でしっかりと遠征までにお金を貯めておくことが必要です。

ソーシャルフットボール

毎月6万円必要だと言っているわけではなく、年に1度だけ6万円必要なのです。従って、1年間かけて6万円を生み出すにはどれくらいの労働が必要なのか、どういった生活習慣を身につけたら良いのか、各自が考えるようになりますよね。こういった一連の思考と行動を通して、自律・自立へと繋がっていけば、というのが私の考えであり、目的の1つです。

精神障がいを抱えると、長らく仕事(社会)から遠ざかることになりますし、良くなってきても「働くのが怖い、いまいち気持ちがのってこない、不安だ」といったことから、なかなか「働き出す」のが難しい。 そこで「みんなで遠征する」という目的を設定すると「動機」が生じます。これが行動へ移す原動力になるのです。

6万円を貯められなかったメンバーや、貯めたけど直前で使ってしまったメンバーは当然お金が足りないので、遠征に参加することができません

いくら主力であったとしても、前述したとおり「自律・自立」していくことが大切です。他のメンバーに迷惑をなるべくかけないのよう「自己管理」をしていくことが求めらます。

別け隔てなく多様な人達が交わる社会へ

ーーどうった症状の方が参加されるのでしょうか


精神科で治療中の方すべてが含まれます。割合的には、統合失調症、感情障がい(うつ病・躁うつ病)を併せて6~7割を占めるのではないかと思いますが、発達障がい、神経症圏の疾患、依存症、中にはてんかんや器質性精神障がいの方なども含まれます。公式な大会には<参加資格>が設けられておりますが、今のところは診断名で区別されることはなく、治療中であることの証明ができれば良いというレベルです。

ーー参加されてから精神障がいを持たれる方々にどのような変化がありましたか?


前提として重要なことは、この活動は狭義の運動療法でも精神科治療でもないということです。私たちが推進するのは治療ではなくスポーツです。また、変化していくのは、精神障がい者のみならず、チームスタッフや活動をサポートしてくれる方々、地域社会の皆様全員です。精神障がいを治す治さない、理解して欲しい、といった関係性ではなく、「互いに受け入れ互いに理解する」ということが大切です。そこにヒエラルキーは存在しません。スポーツをスポーツとして行うことによって、当事者も医療従事者も地域社会も変わって行くという捉え方です。結果的に選手たちに変化は生じる訳ですが、要約して申しますと回復と自立です。

いくつか例示します。

・長期入院患者の自発性の改善→退院
・引きこもりの方が社会生活を送れるようになった
・長期就労困難だった方が一般就労にこぎつけた

・復学や進学
・目標に向かって努力(練習・節制・貯金・勤労など)するようになった
・人とのつながりができた

他多数

こういったポジティブな変化がみてとれるメンバーは少なくなく、障がい者スポーツの素晴らしさを日々痛感しています。

また、普段実施している活動では、多くの地域の方々やその知人友人、精神障がい者を抱えているメンバーの知り合いなど、多様な人達が一緒にフットボールを楽しんでいます。精神障がい者と社会との障壁を無くしたい、という思いが既に形になりつつあること、精神障がい者を抱えているメンバーよりも、健常者やその他関係者の方が多くの学びを得ている景色を見ていると、社会は「お互い様」の精神で成り立っているのだなと改めて実感します。

この様な景色が全国各地で見られると良いなと思っています。

全国に広がる障がい者サッカー

ーー先日、日本サッカー協会も障がい者スポーツに対してのサポートを開始されましたね


はい。先月末に日本サッカー協会から『障がい者サッカーHAND BOOK』が発表されました。

この活動は、日本サッカー協会が主体となり、“サッカーをもっとみんなのもとへ”というスローガンのもと、年齢、性別、障がい、人種などに関わりなく、だれもが、いつでも、どこでも、安心、安全にサッカーを楽しめる環境整備を強化する一環として、2015年に日本障がい者サッカー協議会を立ち上げ、国内の7つの障がい者サッカー団体と連携し、障がい者サッカーの普及・発展への取り組みを開始しました。

その活動を本格化するにあたって、まずは障がい者サッカーへの理解を深めてもらおうと、『障がい者サッカーHAND BOOK』を作成・発表したのです。

7つの障がい者サッカー団体とは、知的障がい者サッカー、聴覚障がい者サッカー、脳性まひ者7人制サッカー、視覚障がい者サッカー、アンプティサッカー、電動車椅子サッカー、精神障がい者サッカーです。

こういった活動が日本サッカー協会という国内の同競技の統括団体で扱われることは、障がい者スポーツに対する社会の認知の仕方が変わり、大変良いことです。この流れを大切に活かしながら我々も活動をして行きたいなと考えています。

ーー今後の展望をお聞かせ下さい


精神障がい者に対する社会のイメージは変化しつつありますが、未だ根強い偏見を持っている人たちが多くいることは事実です。一昔前までは、メディアに精神障がい者を取り上げる場合、顔と名前を一致させてはいけない、映像は絶対にモザイクをかける、といった扱いが普通で、いかにも「危険な存在である」というイメージを作り上げられていました。

最近ではようやく、本人がOKであれば、本名も掲載するし、モザイクもかけない、といったスタイルが可能になりました。

しかし、こういった偏見を一番持っているのは「医療関係者」なのです。故に、なかなか表に出したがらず、院内でスポーツをさせたりする傾向が強いのです。それでは精神障がい者への偏見は無くなりません。少なくとも、変化のスピードは非常に遅くなってしまう。

それではいけないと思います。別け隔てなく、お互いの違いを認め合いながら共生できる社会が求められる昨今、我々医療関係者も変化しなければならないのです。 そういった意味でも、日本ソーシャルフットボール協会の活動や各地域でのチーム運営は大変意味のあることだと考えていますし、もっともっと仲間を増やしていきたいと考えています。

参加するのは、精神障がい者だけでなくて良いです。フットボールしたい!仲間を作りたい!そんな方、ウェルカムです! 一緒にフットボールしましょう!汗を書きましょう!皆で笑いましょう!それで良いと思っています。 それが結果的に共生社会へと繋がっていくのだと私は信じています。

全国各地にチームが増えてきています。興味のある方は是非一度参加してみて下さい。

日本ソーシャルフットボール協会の活動に興味のある方、お住まいの地域にあるフットボールチームに参加したいというかたは、コチラまでお問い合わせ下さい。

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