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ちょっぴり複雑で繊細なふたり。不登校になったときの娘と父親の接し方

更新日 2017年08月28日 |
カテゴリ: 自分を変えたい
ちょっぴり複雑で繊細なふたり。不登校になったときの娘と父親の接し方

不登校になったとき母親だけではなく父親もショックを受けるものです。 娘と母親とは同じ女性で分かり合えることがあっても対父親となると話は別。

ましてや一家の大黒柱として、家族全員分を養うだけのお金を稼いでこなければいけないプレッシャーがある中、娘が不登校になれば、どうしたらいいのか分からなかったはず。 それでも当時から父は心配してくれて、いつも身体のことを気にしていました。

今だからこそ振り返られますが、不登校になったばかりの頃はまともにコミュニケーションがとれなかった時期もありました。 今回は、不登校になったときの娘と父親の接し方をご紹介いたします。

「ノート」で説得

母と二人でようやくみつけたフリースクール。 母からは了承がとれても、問題なのは父親です。なぜなら、中学を辞めたわけではなかったので、中学に学費を払いながらフリースクールと二重にお金を支払う必要があったから。

今、働いていて、当時の父親の怒りがよく分かります。それでも、ようやくみつけたフリースクールに通いたかった私は、一冊のノートに丸々今の自分の気持ちを書きました。母親にはすべて口頭で伝えられても、父親となると娘としてどう伝えればいいのか分からず、ノートに書き出し、それを渡したのです。

最終的には父親からも了解がとれて、フリースクールに通い出したことで、中卒を回避でき、高校にも進学できて、なおかつ大学卒業という学歴までを残すことができました。父からのGOサインがでていなければ、今ごろどうなっていたか分かりません。

父は我が家の緩衝材

ご家庭によってご事情は異なると思いますが、不登校生活が始まっていた当時、父は単身赴任で家を留守にしていることが多く、私も父もコミュニケーションがとれずに、なんだか歯がゆい思いをしていた時期があったのを今も覚えています。

娘と父親との関係性は、とても独特で、きっとお互いにどこまで踏み込めばいいのか分からなかったんだと思います。でもなぜか、今振り返ってみても、父が支えてくれなかった、とは思えません。むしろ、母と私がピリピリしていると、いつもひょっこり出てきて、緩和してくれるのです。

不登校生活が長く続いても、あまり娘を責めることはありませんでした。父は父なりのやり方で支えていて、不登校によって二人の関係性が崩れることもあまりなかったんです。

大人になった今も理解ある父

大人になった今でも身体がしんどく、鉛のように重くなるときがあります。仕事に影響がでないタイミングであればお昼まで寝ているときもありますが、母によると、いつも父は心配しているようです。

これから結婚、場合によっては出産、という道のりを歩むのかもしれませんが、父はそんなことよりも「元気でいてくれたらそれだけでいい」が口癖になりつつあります。母と同様に、父も一緒に不登校を乗り越えてくれたからこそ、今もほどよい距離で、一緒に暮らせています。

娘と父親との関係性は元々が独特というか、つかみづらいところがあるのに、娘(子ども)が不登校になれば、ますますどう接すればいいのかお互いに分からなくなります。

それでも、焦らずに、もがきもせずに、ありのままでお互いが接すれば、いつの間にか打ち解け合っているはず。あまり構えずに、家族ですから自然体で接するのが一番!

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