【精神科医で僧侶という異色の経歴】「うつ急増時代」を打破する「生きる力」とは<前編>|要唱寺 住職 斉藤大法

更新日 2024年08月25日 | カテゴリ: 専門家インタビュー

精神科医から僧侶へと転身された斉藤住職。一般的な僧侶の枠組みを越えて様々な活動に携われており、バイタリティに溢れている姿はとても清々しく、「真に幸せな生き方」を体現されているように感じます。「うつ病」が急増する昨今。「今」人に必要なことな何か?斉藤住職にお話を伺ってきました。

ーー医師で僧侶というのは、大変めずらしい経歴かと存じます。精神科医になられたキッカケをお教え下さい。


精神科医を目指した最大の理由は、自らの難病体験がもとになっていると思います。

中学2年生の時に突然下血し、病名すらわからずに病院を転々としました。全部でおよそ十人ほどの医師に診てもらいました。当時のお医者さんは、「怖い」というイメージが強かったと思います。病気に打ちひしがれると気弱になり、自分の症状の変化を十分に伝えることすらできないほどおどおどしていました。そのような私(患者)の心まで本当に心の手を届かせてくださる医師は、あまりなかったように思います。

私は、身体疾患の重症さも然ることながら「思いやりの心の大切さ」というものがどれほど大切でまた有難いものかを知ることになったのです。その「思いやり」とは、日常の生活の中で考えられている「思いやり」よりずっと深いものでなければならない、と実感したのです。

ーー「思いやり」から「心」への興味が強くなったのですね。


はい。そこで医科大学を卒業する際に、心療内科か精神科のどちらかにしたいと考えました。当時、日本において心療内科はあまり開設されておらず、自分の大学の中にもなかったので、結果として精神神経科の医局を選びました。医学研究や診療の一方で、関心があった哲学の勉強も出来ると思ったのです。そして、精神科の中でも比較的内科との境界領域を中心としたのです。

精神科学は、主に精神病理を中心にして学ぶわけですが、私としてはもっといわゆる人間一般の心の探求をしてみたいという欲求が強くなっていました。それこそが、精神医学(心療内科なども)の大切な基礎だと思ったのです。それは、そもそも医学を学びたいと思った動機のひとつとなった順天堂大学医学部の入学案内に書かれていた「医師たらんと欲すれば、まず人として成らねばなりません」という言葉に原点があるものと思います。

この言葉に当時まだ病弱であった私は、深い感銘を受けたのです。「これだ!!!」と。「人として成る」ということは、いわゆる「常識ある成人になる」というレベルであろうはずはありません。単なる技術者でもありません。「普通では考えられない苦しみの中に沈む病者の心を抱きしめ、生きる道を示せるくらいの人に成る」ということだろうと考えたのです。それこそが、医師としての最初の基礎であると。

僧侶との再会が仏道探求へのキッカケ

目指すべきものが明確になったのですが、どこにその精神性の実現を求めたら良いのかわかりませんでした。悩んだ挙句、高校生の時にお世話になった僧侶のもとを訪れたのです。特に何かを期待したわけではありません。ただ、今の自分の思いの相談くらいには応じてくださると思ったのです。ところが、たまたま訪れたその日が『寒修行』という、お寺でひと月くらい集中的に修行をする期間中であったため、いきなり「修行してみませんか?」と言われました。一瞬戸惑ったのですが「やってみよう」と思ったのです。

その修行は、一時間程度のものだったのですが、私の人生を転換させたのです。それは、それまでの人生の中でまったく経験したことのない深い安心とどこまでも澄み渡るような心境だったのです。今まであった不安や悩みが、まったくなくなるという信じがたい体験でした。

これは、いったいどういうこと(状態)なのだろうかと思っていると、その僧侶から「三昧(Samadhi)という状態です」と言われました。これを体験した私は「このまま病院の医局には、戻れない。是非、これを探究したい」と思うようになりました。これは、単なる繰り返しの修行ではなく、毎日新しい内容が展開するのです。それも自分にとって魅力であり、以後続けていった結果、仏教の修行をもっぱら追窮するために僧侶となろう、と決心したのです。

仏教を通して「心」をほぐしていく

ーー住職が実施されているカウンセリングと祈りというのは、具体的にどのような内容になっているのでしょうか?


斉藤住職白袈裟

私の寺院では、比較的ゆったりと時間を取って、まず傾聴し、お出でになった方の状態を出来るだけそのまま受け止めるところからはじまります。 そして、その不安のもとを次第にご本人が気づくようにサポートしたり、場合によって解決のヴィジョンやある程度の智慧を提供いたします。

しかし、お出でになる方の中で、表面的な方法では容易に解決し得ない場合も多くあります。たとえば、心の深層に突き刺さった棘のようなトラウマや、通常ではわかりにくい霊的な問題の場合などです。そこでカウンセリングの延長でもありますが、より深いレベルの問題や私でも洞察し得ない領域にアプローチするために「祈り(いのり)」を行っております。祈りの効果は、大きく潜在意識の奥深いところまで比較的速やかに解決できることです。いま米国などでは、病院などで普通に「祈り」や「瞑想」が行われていますし、「祈り」の効果について研究もしっかりされています。

ーー瞑想や供養など、一般的な僧侶の活動の他に様々な活動をされていらっしますね。


はい。私は瞑想(私のところでは、唱題プラクティスと言います)を主軸としながら、様々な相談事に応じてきました。精神的な悩み、難病、いじめ、不登校、引きこもり、霊的な問題、水子さんの供養、どうぶつの供養、人間関係のトラブル、それから地鎮祭、各種清めなど、頼まれますと何でも、というほどやってまいりました。ところが、縁があって2006~2008年までカンボジアの寺院に滞在することになり、仏教の修行と共に池や道路つくり、学校教育などの活動を行うことになりました。帰国後、従来の活動内容に加えて、さまざまな方との関わりを持つようになりました。

それらを簡単に紹介させていただきます。

・要唱寺にて瞑想(唱題プラクティス)指導
さまざまな悩みを抱えた方や僧侶などが、宗派を問わず参加されています。

・四方僧伽(しほうさんが)運動
アジアを中心とした二十か国の仏教徒(最近は、カンボジアのイスラム教徒なども参加)とともに各国の社会問題解決のための活動と平和法要・行進。

・CEP( Cambodia Empowerment Project )
「こころ」「教育」「経済」「地域つくり」という視点からカンボジアの自立支援活動。毎年、プノンペン大学にて講演と学生さんとの対談を行っている。 斉藤住職カンボジア ・RSE(宗教研究者エコ・イニシアティブ)
地球環境問題における我が国の代表的な研究者である東京大学教授(当時)山本良一先生その他が発起人となり、宗教者と科学者との合同の環境問題解決のための研究・活動。

・「持続可能な平和社会構想」研究会
未来型の経済システムと平和世界創り構想

・立正大学社会福祉学部(医学一般)非常勤講師

以上のほかに医療・福祉関係者とのご縁も多いのですが、今のところ共同事業などをするというより、講演会や学会発表などです。

経済成長だけが人生における幸せではない

ーー昨今、うつ病患者の増加がとまりません。この状況をどのように見ていらっしゃいますでしょうか?


「抑うつ状態」や「うつ病」が注目されるようになったことや、元々備わっている個人的素質も原因のひとつであると思いますが、主に学校や会社などでストレスがかかり続ける状況や、さらに広い視点で見ると経済・社会システムや精神文化の変化が原因でしょう。1997年の消費税の増加とデフレ傾向が、精神疾患殊にうつ病の止まることのない急増につながっているという見方もあります。

そもそも、社会のそして人生の価値観が「経済成長」ということに置かれている社会においては、当然ながら過酷な競争を強いられます。それでも、経済成長という成果が得られ、多くの人が中流階級意識を持てる時代には、その弊害があまり顕在化しないのでしょう。しかし、全体的な成長が止まり格差が広がってゆく社会にあっては、前向きの競争ではなく、ネガティブで後ろ向きの意識による競争社会になってゆきます。

このような競争があまりに激化してゆくと、各人の精神は孤立してゆきます。子育てよりも両親とも働きに出る、という方向に流れてゆき、家庭の団らんも少なくなってゆきます。本来あるべき家庭的愛を、消費行動で代償しようとするのですが、それだけでは心の空虚感は満たされません。家庭での愛情は、良好な人間関係作りの基礎となるものですが、それも劣化してゆくのです。

また過酷な経済的競争社会において、勤勉で真面目な人は企業にとって都合が良いわけです。もともと真面目な人が、さらにその方向のみに自分を酷使し続けてゆくことになりやすく、張りっぱなしのゴムのような状態を緩める余裕のなくなった状況は、深刻だと思います。そもそも人生の目的は幸福になることであり、経済活動はそのための手段に過ぎないわけです。手段が、目的化してしまっている価値観の社会では、うつやその他さまざまな困難が起こってきて不思議ではありません。

先に述べましたが、「内なる心の問題」だけでなく外界すなわち社会活動や経済・社会システムの問題に取り組もうと思ったのは、この理由からです。「地球環境問題」と「近年増加する『うつ病』の問題」は同根であると考えています。

【関連コラム】「うつ急増時代」を打破する「生きる力」とは<後編>

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