「夢」が伝えてくれること:夜ごと届けられる、あなたへの贈り物|臨床心理士 森田 健一

更新日 2024年08月25日 | カテゴリ: 自分を変えたい

はじめに

「夢」は私たちにとってとても身近なものですが、その実態はよくわからないものでもあります。そもそも、「夢」はいったい誰が作っているのでしょうか?考えるまでもなく、それは「私自身だろう」と我々は当然のように疑いませんが、ではその「私」とは一体どの私なのでしょうか?

難しい話のように思うかもしれませんが、もう少しお付き合いください。夢の中では、「私」はその世界のいち登場人物として体験しています。空を飛んだり、何かに追いかけられたり、誰かと争ったり…と様々な状況がありますが、大抵の場合、「私」はそれを夢だと気付かずにその世界の中で行動しています。しかし、やがて夢から覚めたとき、その世界は「現実」の世界ではなく「自分のこころの中」で展開していた世界だったということに気付きます。しかしながら当の本人には、それを「私が作った」という自覚はありません。では一体「誰」が作ったのでしょうか?

夢は「外」から与えられたもの?

その問いに対して、いにしえの人たちは明確な「答え」をもっていました。たとえば、それは「神」が夢を与えたものであるという答えです。古代ギリシャでは、神が夢主にヴィジョンを見せたものが夢であると考えられていました。あるいは、一国の主が見た夢が「予言」として政治利用された時代もありましたし、「吉夢」を「取引」しようとするような態度がとられたことも普通のコトとしてありました(古来の夢への態度についてもっと知りたい方は、最後の文献紹介をご参照ください)。

現代の私たちからすると、夢が「外」からもたらされるという視点や、ましてやそれを実体として「取引」したくなるような考えはとても奇異に見えます。ですから、そうした「答え」にはどうも納得することが出来ません。夢はあくまで自分の「内」に生まれたものであるという明確なイメージを抱いているからです。それは、「こころは私の内部にあるもので、それは自分自身でコントロール(意識的操作)できるものである」という価値観に基づいています。

しかし、夢の生成過程はコントロールできるものではなく(自在に内容を操れる明晰夢という現象もありますが、そうでない夢が大半です)、また夢は寝ているだけで勝手に現れるものであるという現実を考えたとき、夢が意識の主体である「私」の外からやってくるものであると考えることは、あながち的外れでもないかもしれません。もちろん、「こころは外部と無境界に交信しており、コントロールが効かないものだ」と言いたいのではなく、「私」という主体は、人間存在全体としての「こころ」のごく一部に過ぎないのではないか、という視点を持つことができないだろうかということです。

「近代意識」と「虫の声」

ここで筆者自身の経験を簡単に紹介します。
夏のある日、次のような夢を見ました。【職場へ車で向かっていると、大雪が降ってきた。「夏なのにおかしいな、このタイヤのままでは危険だな」と考えたところで目が覚めた】という夢です。いかにも夢らしいヘンテコな内容です。夢はそれで終わりですが、その日(つまり目覚めた後)、いつものように通勤のために車に乗って運転し始めると、すぐに違和感が覚えられたのでした。夢のことがなんとなく頭によぎり、念のため車を止めて確認すると、なんとタイヤに釘が刺さっておりあわやバーストするところだったのです。

みなさんはこの夢をどう考えるでしょうか?その夢を見る前には、釘が刺さったような覚えは一切ありませんでしたので、「私は夢を通して未来が見えるのだ」と言ってしまえれば何とも魅力的ですが、私は残念ながらそういう特殊な能力はもっていません(少なくとも今のところ)。おそらくは次のように考えられます。

前日の帰り道、どこかでタイヤに釘が刺さったのだが意識ではそれを自覚していなかった。けれども「身体感覚」では気付いており、その意識に上らない「記憶」が夢の生成に影響を与えたのではないか、と。筆者自身の体験は限られており何とも些細なものかもしれませんが、このような夢に関する不思議なエピソードは様々な人が報告しています。夢によって自覚していない病気の進行を発見するきっかけになったり、何年も会っていなかった人が突然夢に現れたと思ったらまもなく訃報を知ることになったり、と「私」の知るところにないことを夢が教えてくれたというエピソードは枚挙に暇がありません。こういう現象は昔から「虫の知らせ」などと表現されてきたものですね。

さて、近代意識が芽生えてから、私たち人間はなるべく「合理的に(=客観的に観察可能となるように)」様々な現象を把握すべき方向で“進化”してきました。雷はもはや「カミナリ様のお怒り」ではなく雲からの放電に過ぎず、日蝕は「魔神の対立」ではなく星座上の単なる配列なのです。私たちの先輩方は少しでも快適な生活を送るために、自然現象をはじめ手に負えないものをコントロールすべく、研究という形で認識可能な主体である「意識」を拡大させてきました。人類の発展とはそういった意味では「意識の発達」に他なりません。夢についても、私たちの「意識」で理解できるように、脳科学の分野などで様々に研究がなされています。

たとえば、夢は「学習」の一翼を担うものであるということや、情動をコントロールする機能をもつ、などです。しかし、そういう有益な発見はあるものの、夢のもつ「不思議な機能」や「夢の意味」については未だ解明されていないことも多いのです。それは「虫の知らせ」に関する領域でもあり、そもそもそういった「意識」の領域からでは、解明の手が及ばないところかもしれない、と筆者は考えています。

「虫」の声を聴け

さて、「じゃあ虫とは何なのだ?」と特定したくなるのですが、そう問う視点こそが近代意識に他なりません。先ほど紹介した夢で「身体感覚ではパンクに気付いており・・・」などとわざわざ記述したのは、その近代意識の要請による方便なのです。「虫」を「身体感覚」として説明すれば、私たちにも納得しうるものになり、なんとなく理解できたような気になるからです。

しかしながら、「虫」は身体感覚だけに収まりません。「虫」は私たちのこころを豊かにしてくれる可能性を持った、もっと大きな存在です。たとえば、「運命」というものも「虫」のひとつの働きだと思うのです。「あの人との出会いが私を変えた」と思うとき、その出会いを偶然と考えるのか運命と考えるのかは各人の自由ですが、「虫が出会わせてくれた」と考えたほうが素敵ですし、生きる意欲になります。「あのときこうしておけば・・・」と後悔することがありますが、「それも虫のしわざだ。しかし、それがあったからこそ今の自分がある。虫は、時間差があったもののいずれそれを理解できるように、次に生かすためのヒントにしてくれたのだ」と考えたほうが建設的です。言うなれば、「私」が体験するあらゆることに「意味」を見出そうとし、それを私の中の「虫」との関わりで考えることができるようになると、不思議とこころが楽になり、生きるエネルギーになります。そういう「ときめき」のような感覚を抱かせてくれるのが毎夜訪れる「夢」なのです。

夢は「虫」からのメッセージ

はじめの問いに戻ります。「夢は誰が作っているのか?」、その答えは「虫」なのです。あなたの中の「虫」が「あなた」へとメッセージを送ってくれているのです。それは「たましい」と言えるかもしれませんし、「未知の可能性」と言ってもいいかもしれません。本コラムでは、専門的な議論が必要になってくるためあえて取り上げませんでしたが、フロイトが体系立て、その後さまざまに発展していくことになった「無意識」という概念も「夢」を理解する上で言うまでもなく有用な視点です。

簡単に紹介しますと、フロイトは無意識における「欲動」という力動的な蠢き(とそれに対する検閲機能)を重視して理論を構成していきました。フロイトはその理論における「性」に関する偏重性が批判されることも多いですが、心的装置としての「無意識」に関する様々な概念、そして夢を現実のパーソナリティ(および病理の)理解に役立てようとしたなどの“視点”は極めて画期的かつ有用であり、そのため100年以上たった今でも常に立ち返られているのです。

とはいえ、私たちが普通に夢を理解しようとするときには、難しく考えずに「意識には及ばないところから送られてくる不思議なメッセージ」くらいに理解しても問題ないと思いますし、その方が夢を身近なものとして親しみやすく感じられると思うのです。

「夢の意味」については、実は正しいor間違いなどはありません。ですから極論を言えば、分厚い夢辞典も必要ないし、専門家に頼る必要もありません。「いったいどんな意味があるんだろう?」と“メッセージ”を受け止めようとすることそのものに意義があるのです(夢分析の専門家は、夢の意味を教えるためではなく、「メッセージ」を受け止めるお手伝いをするために存在しているのです)。

たとえば夢に「蛇」が出てきたとき、「男性器への脅威」と感じても、「脱皮の可能性を秘めている」と自ら鼓舞しても、「地を這いながら進んでいこう」と決意を新たに固めてもいいのです。「ほかならぬ今、この夢を見た」ことの意味として、あなたが納得できるのならどれでも構いませんし、複数の理解を採用しても構いません。そもそも正解がないので、誰もあなたの解釈にあれこれ言うことはできません。仮に悪夢を見たとしても、「恐ろしかった」と震えるだけでなく、「夢が不安を肩代わりしてくれた」と考えたり、「どうせ夢だったらこうすればよかったな」などと強気に思ってみたりすることで、悪夢が愛おしく思えるかもしれません(不思議なことですが、夢をそういう視点で受け止めるうちに、繰り返し見る悪夢が姿を変えてゆくことがよくあるのです)。

ちなみに、筆者が見た【夏なのに雪が降った夢】についても、パンクを早めに発見できて満足するだけでなく、「予想外のことが起こるかもしれないから慎重に足元を見るように」という警告、同時に「大変なことになる前には気付くから自分を信じるんだよ」という励ましとしても、「虫」からの贈り物を大切に受け止めています。

さいごに

ここまでに述べてきたような視点で夢と関わるということは、狭い「私」に固執せず、広く全存在としての自分自身(こころ)を信頼することにも通じます。「夢には意味などない」とする人もいますが、夢のメッセージを大切に受け止めることによって、不思議と「私」が豊かになることは実際に起きるのです。

この世界を生きるということは、不可避に押し寄せる様々な出来事との「出会い」の繰り返しです。夢もまたその出会いの一つであり、同時に「私」が「生きる」その道のりにおいて力強い励みにもなります。夢とは、自分自身の内にありながら「私」を広く越えた存在である「虫」からのかけがえのない贈り物なのです。

【文献紹介】

夢について本格的に勉強したいと思われている方に、いくつか文献を紹介します。読み応えがある著作は本当にたくさんありますが、その中で私の独断と偏見に基づいて5冊(+2冊)選びました。

(1)河合隼雄『明恵 夢を生きる』:鎌倉時代の名僧明恵上人の『夢記』を題材としながら、「夢を生きる」ということについて丁寧に語られています。読めば読むほど、「夢」ひいては「こころ」への畏敬の念を抱かされます。

(2)東山紘久『夢分析初歩』:夢を理解する視点から、「夢のワーク」の実際の様子についても紹介されています。余談ですが、夢への漠然とした関心を抱いて大学に進学した私が、初めて夢についての講義を受けたのが東山先生でした。「同じ夢でもいろんな見方ができますけど、自分にとって明るくなれるものがええやないですか」と最後に言われたのが強く印象に残っています。

(3)鑪幹八郎『夢分析入門』:夢の人類史や様々な学派の夢理論から、「日常生活における夢の活用:分析法と解釈法」まで網羅的に書かれている、タイトル通り夢分析の入門書です(理論に関するところは専門家向けかもしれません)。自分で夢分析をやってみようと思われている方は、最後の章が具体的で参考になります。

(4)C. A. マイヤー『夢の意味』:ユング派の立場から書かれた著作ですが、その視点を学べるのみならず、「昔の夢理論」という章では古代から現代へいたる人類の夢への態度の変遷がかなり詳細に紹介されています。

(5)川嵜克哲(編)『セラピストは夢をどうとらえるか:五人の夢分析家による同一事例の解釈』:夢を理解する視点の多様性を(および共通するところも)具体的に見て取ることが出来ます。心理療法において夢を大切にする姿勢がありありと感じられます。

(☆)S. フロイト『夢判断』:あらゆる夢理論の「参考書」であり「たたき台(理論を発展させるための重要な礎)」でもある本著は、もはや「王道」の夢文献ですので別枠にしました。夢についてあくまでも「科学」の立脚点から真正面に取り組む中で、「無意識」という概念を精緻に構成していき、やがて「精神分析」という学問体系を立ち上げたことはご存知の方も多いと思います。そんな世間にも広く知られるフロイトの夢理論ですが、本著はフロイト理論誕生以前の夢に関する知見も膨大に紹介されており、知識欲を貪欲に満たしてくれます。

(☆)A. ロック『脳は眠らない』:脳科学分野での夢研究について幅広くレビューされています。「夢の不思議を“解明”しよう!」という科学者達の熱意が感じられます。なお、夢を自在に操る「明晰夢」を見るコツについても紹介されています(私は今のところ成功していません)。

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