更新日 2024年08月25日 | カテゴリ: 専門家インタビュー
このように、不登校とひきこもりのそれぞれの実態と背景について概観してみますと、共通していることとして、社会活動への参加に困難があるという点が見られます。また、不登校でもひきこもりでも、対人関係の改善やコミュニケーションスキルの獲得ということが具体的な支援の方策に上がってきています。そのようなことから、SSTが盛んに実施されるようになったとも言えます。
私自身が関わってきた実践では、大阪府立子どもライフサポートセンターで(以下、センターとする)、2007年から現在に至るまで、SSTのプログラム開発と実施に携わっています。当センターは、2003年4月に開設された児童自立支援施設で、不登校やひきこもりの履歴のある高校生年齢の子どもたちが入所・通所しています。不登校やひきこもりという背景から社会経験が不足しているだけでなく、養育上や発達上の課題を抱えた子どもも多く、彼らの課題に取り組む一つのプログラムとしてSSTが導入されました。
センターでのSSTは、1年間を通して21セッション実施されます。内容は決まったものが用意されていますが、その年の参加者の特徴などに応じて、柔軟に調整や修正を加えて実施しています。ある年に行った効果検証(服部・塩見・福井・大対, 2012)では、他者評定によるソーシャルスキル全体の得点や、「仲間関係スキル」「コミュニケーション」といった項目の得点がSSTの結果、向上したことが確かめられました。また、自己評定においても、ソーシャルスキルの得点の向上が認められ、対人不安の得点には減少が見られました。
また、数値化された評価はしていませんが、現場の子どもたちの様子から見られた変化もいくつかありました。センターでは、特に同世代の人との関わりを苦手とすることに配慮して、個別化されたプログラムが中心として組まれており、SSTはその中でも数少ない集団で受けなければいけないプログラムでした。
そのために例年、初めのうちはプログラムに参加することそのものに難色を示す子どもも数名見られますが、参加していくうちに同世代の人との関わりに対する苦手意識が薄れていき、友人たちと楽しく過ごすという姿が多く見られるようになってきます。
このように、SSTによってスキルが獲得されるということもありますが、それ以上に「人と関わるきっかけとなる」ということと「人と関わることに対する動機づけが高まる」ということにつながることも、集団でSSTを行う意義であると言えます。
センターでの7年間にわたる実践については、「子どもの対人関係を育てるSSTマニュアル」(大阪府立子どもライフサポートセンター・服部・大対、2014)にまとめてありますので、詳しいプログラム内容等については、そちらをご参照ください。本書においても述べてありますが、SSTが不登校・ひきこもりの問題の唯一の対応策では当然ありませんし、また万能薬でもありません。センターで行っている支援は、SSTのような心理支援の他に、学習支援や就労支援、生活指導といったものが含まれます。また、町レベルで不登校ゼロを達成している小野(2006)のプログラムにおいても、その内容はSSTの他に生活リズムを整えることから、学習支援にまでおよび、再登校や登校維持のためにいかに包括的な支援が重要であるかがわかります。
先述した不登校やひきこもりの背景からも、SSTによるソーシャルスキルへのアプローチだけでは、この問題の解決には不十分であることは明確です。また、当事者がなぜこのような問題に陥ったかという要因は個々に異なるため、不登校やひきこもりの状態にあるという状態像のみに基づき支援を計画することは、不適切な対応になる危険すらあります。支援という意味では、個々の問題に応じたプログラムを多面的・包括的に計画する必要がありますし、また未然防止という観点からは学校や職場の環境をどのように整えればいいかということも含めて、考えていく必要があるように思います。
最近では、教育現場でSSTが導入されることも多くなってきているようです。SSTの導入の仕方には、その目的に応じて大きく2パターンあります。
1つは何か解決すべき対人問題が児童生徒の中にあり、その問題への対応として導入する場合です。この場合は、特定の子どもに対して個別、あるいは共通した課題を持つ児童生徒を何名か集めた小グループでSSTを実施する形になります。
もう1つのパターンは、学級づくりやいじめ・不登校といった学校適応に関わる問題の予防という目的から導入する場合です。この場合は、導入時には目立った問題がまだない段階ですので、教員の視点から「こういうスキルを身につけてほしい」というねらいに合わせた形での学級単位での実施となり、学級全員で共通したスキルを学ぶことになります。
最近は、書店に行くとSSTのマニュアル本がたくさん出ています。ただ、これらのマニュアル本の多くは、基礎理論の部分にはあまり詳しく触れていないものが多く、プログラムの実施の方法について紹介されているものがほとんどです。では、その本に従いプログラムを実施すればうまくいくかというと、そういう単純なものでもありません。
効果的なプログラムにするためには、対象者の発達や認知レベル、ソーシャルスキルのレベル、不安の高さ、学級やグループの状態など、色々なものを踏まえて、本に紹介されているプログラムを目の前の対象者に合う形にカスタマイズする必要があるわけです。実は、このカスタマイズの部分が非常に大切なのですが、SSTの背景にある基礎理論を理解していないと、どこをどのように変更・修正すべきなのかという判断が難しくなると思います。
基礎理論については、本で勉強することも可能かと思いますし、一度研修などを受けていただくとさらにわかりやすいかとは思います。私自身も、ここ数年、教育現場や子どもの福祉に関わる現場からSSTの研修をしてくださいと依頼をされることが増えています。マニュアル本を読むだけでもそれなりにSSTらしいことはできるとは思うのですが、基礎理論を知っておくことの強みは、本に掲載されているプログラムをカスタマイズすることができ、さらに型にはまらない柔軟なプログラムさえも作れるようになるということです。大変忙しい先生方にとっては、すぐに使えるものがあればその方がいいと思われるでしょうが、少し遠回りなようでも基礎理論について一度はしっかりと勉強された上でSSTを導入されることを強くお勧めしたいと思います。
このように書くと、「ではSSTを取り入れるためには、何か特別な勉強をしなくてはいけないのか」と思われたり、また「SSTを実施するための時間を設けて、プログラムをかっちり作って実施するのはすごく手間がかかりそうだ」と思われる方も多くいらっしゃると思います。学級単位での導入となりますと、やはりそのための時間をどこかで設定し、授業計画を立てて実施するという形になるかと思いますが、SSTは必ずしもそのような特別な時間枠の中だけで実施するものではありません。
特に学級単位のSSTは、一斉に指導するので効率的ではありますが、そのための時間を設定してSSTを実施することで起こってくるデメリットは、SSTの中で学んだことと日常の対人場面とが結びつきにくいということです。つまり、日常とトレーニング場面との間に乖離が生じてしまうのです。
わざわざそのためのプログラムを作り、そのための時間を設定して実施するということをせずとも、毎日の授業や学級づくりの中で、また個別の生徒指導的関わりの中で、SSTの要素を取り入れた対応というのは十分に可能です。むしろそのように、日常のあらゆる場面に入れ込んでいく方が、日常とトレーニングとの乖離という問題も起きずに済むでしょう。授業の中にどのようにSSTが取り入れられるかについては阿部ら(2015)の著書でも紹介されています。
日々の授業の中にSSTが取り入れられるという話と同様に、家庭での子どもとの毎日の関わりの中にも、当然SSTを取り入れることは可能です。
SSTの背景理論には、学習理論があります。よく、対人関係の得手不得手については、「私、引っ込み思案な性格だから」など、性格が原因で人とうまく関われないような言い方をすることがありますが、ソーシャルスキルは、「歯磨きをする」「買い物をする」など私たちが一つ一つ経験や練習を積んで身につけてきた行動と同様、学習経験によって獲得できるものです。したがって、学習する場を設定してあげるということが学校の授業場面でも、家庭でも同じように重要になってきます。ソーシャルスキルを教える時には、何も特別専門的な知識や技術が必要となるわけではありません。ただ、ちょっとしたエッセンスを知っておくだけで、より効果的に教えることができます。
コアとなるエッセンスは4つです。まず1つ目は「具体的に教える」ということ。対人関係のスキルは、日常的な指導やしつけの中では結構あいまいな表現を使って教えられることが多いです。「ちゃんと聞きなさい」「しっかりとあいさつしなさい」「人の気持ちを考えて行動しなさい」といった表現、よく聞きますよね。ただ、大人にとってはよく分かる表現でも、子どもにとっては「ちゃんと」「しっかり」「人の気持ちを考えて」というのが具体的にはどのような振る舞いによって実現するものなのか、その点がはっきりと理解できない場合があります。
ですから、家庭でソーシャルスキルを教える際にも、できるだけ具体的な行動に置き換えて、教えてあげることが大切です。「人の気持ちを考えて」というのは、具体的にはどうすることか。例えば、友達のおもちゃを貸してほしいとお願いするときに、相手が今貸してあげられる状況かを考えるというのが「人の気持ちを考える」ということであれば、「貸して」と一方的に言うのではなく、「これ、使い終わったら次貸してくれる?」という言い方になるわけです。そういうお願いの仕方を具体的に教えることで、「相手の気持ちを考える」ということを教えることができます。
2つ目のエッセンスは、「お手本をやって見せる」ということです。コミュニケーションには、非言語的な要素も非常に重要な役割を果たします。視線や顔の向き、声のトーン、表情、そういったものによって、言葉は同じでも伝わり方が全く異なる場合もあります。このような非言語的な要素も含めて教える一番よい方法は、お手本をやって見せるということです。おうちでも、お母さんやお父さんがお手本となってやって見せてあげてください。
また、さらに言えば、私達大人の振る舞いの全てが子どもたちにとっては常に「お手本」であるということを意識することです。例えば、何気ないお父さんとお母さんの会話の中での言葉づかいも、子どもたちはよく聞いていたり、見ていたりします。そういうところから、子どもたちは「こんな言い方をすると、喜んでもらえるんだなぁ」などと、学ぶことも多いのではないでしょうか。
3つ目のエッセンスは、「やらせてみる」ということです。私たちが、ゴルフ番組を見て熱心にプロのスイングを研究したり、色々なゴルフの技の解説書を読んだところで、それがすぐに自身のプロのようなプレーにつながるかと言えば、そうでないことは誰もが納得するところです。ソーシャルスキルも同じで、言って聞かせて、お手本まで見せても、やらせてみるとうまくできないということがよくあります。教えたことはロールプレイで練習してみたり、また家庭の中でそのスキルが使える場をわざと設定するのも一つです。実際に行動に移して、「あ、こういうことか」と思えて初めて身に付くのがスキルです。
最後のエッセンスは「できたことを褒める」です。大人が「できて当たり前」と思っていることほど、「褒める」ことを忘れてしまいます。小さなお子さんであれば全身を使って、大げさなくらいほめてあげてください。それがたとえ、同年齢の周りの子が当たり前のようにできていることであってもです。思春期に入ると、今度はなかなかそのように褒められなくなってきます。その段階のお子さんには、「ありがとう」「うれしかったよ」という形で伝えてあげてください。
ここに挙げた4つのエッセンスが含まれるものであれば、どんな形をとっていようと私はSSTと呼べるものだと思っています。何も特別な時間を設定し、専門家が作り上げたプログラムを行うものだけがSSTではありません。むしろ、毎日の子どもとの関わりの中での積み上げが、一番効果的なSSTであると思います。
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